012 コンチータの入浴とお着替え

 町に到着すると、首から下を砂地に埋められた奇妙な男がいた。

 男は地面から俺たちを見上げると、元気に声をかけてきた。


「ようこそ、旅の人たち!」


 おいおい、最初に出会う町の人、こんな人なのかよ?

 どんな『はじまりの町』だよっ!?


 男の年齢は20代前半といったところだろうか。クセのある長い黒髪はボサボサで、そろそろ散髪した方がよろしいのでは――という印象を受ける。

 顔のパーツはそれぞれ整っているので、髪を切ればきっと男前なのに……なんだか残念な気分だ。

 そんな男が俺の姿を見て言った。


「あなたは変わった服を着ておられますね?」

「遠い異国の服です」


 俺は適当に答えておく。


「へえー、すごーい」


 埋められている男も適当な返事だ。

 今度は俺が質問をしてもいいだろうか?

 昔の民間療法で、ふぐ中毒は首から下を砂に埋める方法があると聞いたことがある。気になっていたのだけど、もしかしてこの人……。


「あの……ひょっとして、ふぐの毒にやられたんですか?」

「んっ? ちょっとよくわからないです」

「そうですか。すみません」


 俺は男に謝る。

 違ったか。まあ、いいか。

 すると、杏太郎が会話に参加してきた。


「お前、どうして地面に埋められているんだ?」

「父親に逆らったから埋められています」

「ボクたちが掘り起こしてやろうか?」

「いいえ。どうか、お気になさらず。自力で出ようと思えば出られます。それに、夜には解放されると思いますので」


 本人がそう言うので、俺たちは砂に埋められている男を放置して、町の中へと進んだ。

 そこで俺は、ふと思い出す。


 あれ? そういえば昔やったゲームで似たような状況があった気がする……。

 こんなふうに『はじまりの町』で、首から下を埋められた男がいきなり出てくる奇妙なファンタジーRPGを一度だけやったことがあるぞ……。


 確か、元の世界の俺の兄である杏太郎が亡くなった後、しばらくしてから発売されたゲームだ。

 だから、もしも隣を歩く金髪の美少年が本当に俺の兄で、異世界に転生した人物だったとしても、彼はそのファンタジーRPGを知らない。


 元の世界の杏太郎は、そのゲームの2作目まではプレイしていた。第1作目が名作で、シリーズ化されたRPGなのである。

 杏太郎は、3作目の発売をものすごく楽しみにしていた。

 だけど、制作の遅れか何かでゲームの発売が1年ほど延期された。そして兄は、ゲーム発売前に亡くなってしまったのだった。


 俺たちは町の中に足を踏み入れて周囲を見渡す。いかにもファンタジーRPG風の町並みといった光景が広がっていた。西洋風の昔の石造りの家が立ち並ぶ。

 メインストリートらしき場所は、きちんと石畳いしだたみが敷かれた道になっていた。

 たまに荷馬車が、その道をゆっくりと通り過ぎていく。


 しばらくすると、先に町に着いていた山賊の男・シャンズ・ウォークがやって来た。

 妹の黒ずきんさんは、まだ見つけていないらしい。

 シャンズが杏太郎に言った。


「ご主人様、服を譲ってくれそうな住人を見つけました」


 山賊の男は、元奴隷の少女・コンチータの服を町で探してくれていたようである。杏太郎がそういう指示を、彼に出していたのだ。

 確かにコンチータが奴隷服のまま、この先もいっしょに旅を続けるのは心苦しい。


 俺たちが連れて行かれた先は、町の民家だった。町の中でも比較的大きな建物で、いくらか裕福そうな雰囲気の家である。

 ちなみに、女の子向けの洋服専門店とか、そういった店はこの町にはないらしい。


「この家の住人が、いらない服を安く譲ってくれるそうです。他にもそういう家はいくつかあったのですが、この家にある服が町で一番センスがいいとワシは思いまして」


 玄関の前で、山賊の男は真顔でそう言った。

 えっ? お前のセンスで……独断で決めたの? と、俺は思う。

 こんなワイルドな毛皮を着た山賊の男のセンスで、コンチータの服がほぼ決定されてしまうのだろうか?

 シャンズは話を続ける。


「それと、この家の住人はとても親切な人でした。こちらがいちいち斧をチラつかせなくても、こころよく風呂ふろを貸してくれることになりましてね」


 おいおい……斧をチラつかせて脅す予定だったのか?

 そんなわけでコンチータが服を着替えることになったのだが――。


「コンチータ、お金のことは何も心配しないで、好きな服を選べばいいぞ」


 杏太郎がそう言うと、青髪の少女はどこか自信なさげな表情でお礼を口にした。


「お兄ちゃん様、本当にありがとうございます。ただ……わたしはずっと奴隷だったので、自分がいったいどんな服を着れば良いのか、まったくわからないのです」

「そうなのか?」


 杏太郎の言葉に、コンチータは申し訳なさそうにうなずく。

 すると、悩める女剣士が会話に参加した。


「では、私がコンチータ殿どのの面倒をみようではないか。彼女の他に、女は私しかおらんからな」

「なるほど」と杏太郎がうなずく。

「それに、私には年下の妹が二人いる。年下の少女の面倒をみるのには慣れておる。まあ、私が面倒をみた妹たちは、私よりも先にさっさと結婚してしまったのだがな……」


 女剣士は赤髪のポニーテールを、どこか悲しげに揺らした。

 自分の発言で精神的なダメージを受けているようだ。

 そして――結婚の話題には誰も触れないまま――コンチータの着替えについては、満場一致で女剣士に任せることとなった。

『悩める女剣士』を絵の中に戻さず、召喚したままの状態にしておいたことが良い結果につながったのである。

 杏太郎がみんなに言った。


「よし、しばらく別行動をしよう。女剣士はコンチータの面倒を頼む。風呂に入れてやって、着替えもいっしょに選んであげてほしい。ボクとシュウとシャンズの三人は、宿と食事の手配を済ませておく」


 女の子の入浴と着替えなんて、きっと長いこと待たされる。俺はそう覚悟していた。

 杏太郎もたぶん同じことを考えていたのだろう。彼も長いこと待つのを嫌がったのか、別行動を提案してくれたのである。

 杏太郎が「では、よろしく頼む」と言って、女剣士にコンチータの洋服代を渡す。

 集合場所を決めると、俺たちは二手に別れたのだった。




 男三人で町を歩き、シャンズがあらかじめ調べておいた宿に向かった。

 宿は、大きくもなく小さくもなく、可もなく不可もなくという雰囲気の普通の宿だった。

 不衛生という感じもないが、特別綺麗でもない。


 店先で杏太郎が、「どうしてこの宿に?」とシャンズに尋ねる。

「いえ……その……ワシにとても親切にしてくれた宿でして」と、シャンズが答えた。


 宿に入ると受付の小さなカウンターに、おっぱいの大きな女性が一人いた。胸元の大きく開いた服を着ている。

 35歳前後といったところだろうか。宿の女主人だそうだ。


「ああ、シャンズさーん。本当にお客さんを連れてきてくれたんだぁ。わたし、うれしい!」


 おっぱいの大きな女主人はカウンターから出てくると、シャンズの腕に自身の腕を絡ませた。その大きな胸を、さりげなくシャンズの身体に押し付けながら……。

 俺はシャンズと女主人を眺めながら、顔をひきつらせる。


 この山賊……色仕掛けにやられやがったな……。


 恋愛に臆病な人が多い異世界で、こういうグイグイ系の女主人は商売が上手そうである。

 宿が決まると俺たちは再び町に繰り出した。

 町の人々に話しかけ、黒ずきんさんの情報収集を行いながら、おいしい食事が出来る店も同時に探した。


 やがて、集合時間となる。

 待ち合わせ場所に指定した町の広場で、俺たちは女剣士とコンチータの到着を待った。

 そのうち、新しい服に着替えたコンチータが、スカートをひらひら揺らしながらやって来るのが見えた。

 お風呂で綺麗に洗っただろう長い青髪が、太陽の下で美しく輝いている。大きくて可愛らしい黒いリボンが、そんな頭のてっぺんで可憐かれんに揺れていた。

 コンチータは、青と白を基調としたフリフリの可愛らしい服を身につけていた。

 なんとなく……トランプの兵隊さんが出てくる不思議の国のなんちゃらの主人公みたいな印象の服装である。

 もともと美少女だったコンチータが、風呂で身体を洗って綺麗な服に着替えたので、美少女ぶりにさらに磨きがかかった感じだ。


 その一方で赤髪の女剣士なのだが――。

 彼女はポニーテールを楽しそうに弾ませながら、純白のウェディングドレス姿になって俺たちの元に帰ってきた。


「おい。お前、いったい何があった?」


 あまりのことに俺は、女剣士のことを思わず『お前』呼ばわりしてしまった。

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