010 【第2章 完】絵画召喚のコスト&性格の数字

 黒ずきんさんが逃走した後、俺たちの中で最初に口を開いたのは、意外にもコンチータだった。


「柊次郎様と剣士様がいちゃいちゃしている間に、ゴーレム使いの女の人……逃げていきましたね……」


 青髪の元奴隷の少女が、つぶやくようにそう言ったのである。


 コンチータから、なんとなく静かに責められたような気がするんですけど……。

 まあ、黒ずきんさんを逃した責任は確かに俺にある。

 絵を抱きしめたときの女剣士の反応を見て遊んでいる場合ではなかった。


「すまん。俺、やらかしたな」


 そう言うと俺は、女剣士の絵を両手で持ったまま杏太郎たちに頭を下げた。

 杏太郎は顔をほんのりと赤くしていた。

 女剣士の吐息などは少しエロかったので、もしかすると彼のようなピュアボーイには、あれくらいのことでも充分すぎる刺激になってしまったのかもしれない。

 ――かと思うと、杏太郎の隣に立っていた山賊の男も、顔を赤くしていた。


 おいおい……美少年も、ワイルド系イケメンも、二人そろってちょっとしたエロい刺激に弱いのか?

 この異世界の人たちは恋に臆病おくびょうだとは聞いていたけど、その影響でちょっとしたエロにすら耐性たいせいがないとかだったりして……。


 すっかり大人しくなっている杏太郎やシャンズを見ていると、コンチータが最初に口を開いた理由がなんとなくわかった。

 美形の男二人は顔を赤らめて、ぽーとしているのである。


 やがて、山賊の男の方が、軽く咳払いをしてからようやく口を開いた。


「あ、あのような刺激的な状況では逃げられても仕方ないです。ワシの妹も、こちらのすきを突いて上手く逃げましたよ」


 杏太郎が小さくうなずく。


「そ、そうだな。あの状況では逃げられても仕方ない」


 俺のミス……許されるのか?


 しかし男たちとは反対に、コンチータは……。

 青髪の少女は文句こそ言ってこないが、黙ったままその黄色い瞳で俺のことをじーっと見つめてきたのである。抗議するような目だった。彼女は男二人とは意見が違うのだろう。


 ……たぶんこの女の子は、エロに厳しい気がする。今後は気をつけよう。


 それから山賊の男・シャンズが言った。


「ワシの妹はけっして弱くはないです。妹の土人形だって、その辺の男どもより強い。けれど、絵から出てきた女剣士さんは、それを圧倒するほどに強かったです」


 続いてシャンズは、杏太郎にこんなお願いをする。


「ご主人様、ワシは逃げた妹を追ってもよろしいでしょうか? きっと、この先にある町に逃げ込んだと思いますので。妹と会って、ご主人様の仲間になるよう説得いたします」

「わかった、許可しよう。どちらにしろ、ボクたちも同じ町に向かう。シャンズは一足先に町に入って、あのゴーレム使いの妹を捜しつつ、ボクたちの旅のサポートをしておいてほしい」


 それから二人は、なにやら打ち合わせをはじめた。

 やがて山賊の男は、町に向かって一人で走り出したのだった。

 杏太郎がそんな山賊の後ろ姿を指さしながら俺に言う。


「弟よ、見ろ。あれが妹のことを想って走る兄の背中だ。すばらしい光景だろ? お兄ちゃんとは本当にとうとい生き物だと思わんか? んっ?」

「そうッスね。尊いッス」


『お兄ちゃんバンザイ!』みたいな話が長くなると面倒なので、俺は適当に相槌あいづちを打った。

 コンチータが杏太郎に尋ねる。


「あの山賊さんを一人で行かせてしまっても大丈夫なんですか? お兄ちゃん様がせっかくオークションで落札なさったのに」

「まあ、大丈夫だろう。彼の所有権はこちらにあるし、ボクから逃げることもできないさ」


 人をお金で買った金持ちと元奴隷の会話って感じはするけれど……。

 まあ……あの山賊、やっぱり旅の仲間という感じではないな。


 杏太郎が話を続ける。


「シャンズには、ボクたちよりも先に町に入ってもらって、妹を捜すついでに旅の準備をしておいてもらおうと思ったんだ。町で評判の良い宿を調べておいてもらったり、おいしい食事を出す店を調べておいてもらったり、まあ色々だ。とにかくボクたちの方は、ゆっくり旅をしようじゃないか」


 赤髪の女剣士『ナーヤ・メウェイル』が俺の隣で、うんうんとうなずきながら言った。


「そうだな。色々と難しいことを悩んでいても幸せになれるわけではないし、私もたまにはゆっくりと旅をしてもいいかもしれん」


 俺と杏太郎は同時に「んっ?」と首をかしげた。

 杏太郎がナーヤに尋ねる。


「絵の中から召喚された女剣士よ。お前もボクたちといっしょに旅をするつもりか?」

「んっ? 私は、おぬしたちといっしょに旅をしたらいかんのか?」

「いや……基本的には絵画から召喚される人物は、戦闘をするときや必要な状況に応じて、オークショニアに召喚されるものなのだが……」


 杏太郎が『絵画召喚』について説明をはじめる。

 女剣士の絵を持ったまま、俺はその話を聞く。


「シュウ、トレーディングカードゲームのコストみたいなものを想像してくれ」

「コスト?」

「オークショニアのスキルである『絵画召喚』にはコストがかかるんだ。たとえば、この『悩める女剣士』の絵のサイズは6号だ。サイズは『F6』と絵の木枠にスタンプが押されていただろ?」

「ああ」

「そして、シュウの現在の『絵画召喚』は、確か合計で『10号』までだ。ステータスのスキル部分にそう書いてあったはずだぜ」


 俺は自分のステータスを思い出す。

 確かに『スキル:①絵画召喚(10号)』と書いてあった。

 あれは合計10号サイズの絵まで召喚できるということみたいだ。

 杏太郎は説明を続ける。


「シュウが一日に召喚できるのは、『10号』までなんだ。今、シュウはすでに6号サイズの絵を召喚している」

「うん」

「だから、今日はもう残り4号サイズの絵しか召喚できない。そして、召喚のコストがリセットされるのは、日付が変わる午前0時だ」

「午前0時になれば、コストがリセットされるんだな。また10号まで召喚できるようになるんだろ?」


 金髪の美少年はうなずく。


「そうだ。仮にシュウが、この女剣士を召喚しっぱなしの状態で旅をするとなると、シュウは毎日午前0時に『6号』の絵を召喚した状態で一日をスタートすることになる。だから、いざというとき、残り『4号』分の絵しか召喚できんぞ?」

「なるほど」

「まあ、そういうデメリットはあるが……判断はお前に任せるよ」


 任せると言われたので、俺は女剣士に言った。


「ナーヤ。じゃあ、とりあえずいっしょに旅をしようか。毎日、召喚した状態でいいからさ」

「競売人よ、感謝する。まあ、私の目の前でおぬしに危険が迫ったときは、全力で守るからな」

「ありがとう、ナーヤ」


 俺はそう言うと手にしていた彼女の油絵をきゅっと抱きしめる。


「ひゃんっ!」


 女剣士が顔を真っ赤にしながら可愛らしい声を上げた。


 そんなわけで、俺と女剣士、そして杏太郎とコンチータの四人での旅がはじまった。

 女剣士が描かれた絵は、俺が持っておくことになった。アイテムを出すときと同様に、アイテムをしまうときも心のなかで念じると、手元からアイテムが消えて収納できるそうだ。

 俺は女剣士を召喚状態にしたまま絵をしまう。

 いったいどこに収納されているのかは知らないけれど、本当に便利な世界である。


 杏太郎が俺とコンチータに言った。


「そういえば、はじめてのオークションを終えたから、お前たちは二人ともレベルアップしているかもしれないな。オークショニアとオークションハウスはさあ、オークションで取り扱った金額でレベルが上がるんだよ。100万ゴールドの取り引きを成立させたんだ。レベルアップしていると思うぜ」


 俺とコンチータはステータスを出して確認した。



名前:シュウジロウ

レベル:2

性格:中立(40)

♥:独身・恋人なし

(あなたはまだ本当の恋を知りません。どうか恋に臆病にならないで!)

職業:競売人オークショニア

スキル:①絵画召喚(10号)

②オークション開催(※要 オークションハウス)



「おお。確かにレベルが2になっているけど……んっ?」


 変化したのはレベルだけじゃなかった。

 ステータス画面の『性格』部分の数字が減っていることに気がついたのだ。


「あれ? この『性格:中立』ってところの数字って確か(50)だったような……(40)になっているんだけど……」

「わたしもです。オークションハウスのレベルが2になっていましたが、『性格』部分の数字が(40)になっています」


 コンチータがそう言うと、杏太郎が説明してくれた。


「二人の性格が『中立』から『悪』に傾いているんだよ。さっきのオークションで『人身売買』をしたわけだからな。性格は中立から悪に傾くだろうよ」


 言われてみればそうだ。俺はよく理解していないまま、山賊の男のオークションを進行していたけれど、あれは人身売買である。


 杏太郎が腕組みをして言った。


「人身売買をすると性格の数字が(10)、悪に傾くってことを、お前たちは覚えておかなくてはな」

「数字が(29)以下になったら、性格が悪になっちゃうんだっけ?」


 俺がそう質問すると、杏太郎は「そうだ」とうなずく。


「なあ、シュウとコンチータ。前にも言ったが、オークショニアもオークションハウスも、性格が『悪』になっても『善』になってもいけない。『中立』を維持しなくては失業してしまうんだ」

「失業……」


 そうつぶやきながら俺は、元いた世界のことを思い出す。

 もう俺って無断欠勤扱いになっちゃっているのだろうか?

 元の世界に戻れたとして、会社に俺の居場所ってあるかなあ……。


 杏太郎が説明を続ける。


「二人は性格のバランスを上手くとりながら生活していかなくてはいけないぞ。町に着いたら何かい行いをして、その数字を回復させて(50)に近づけるよう努力してほしい」

「善い行いってたとえば? 町のゴミ拾いでもすればいいのか?」


 俺がそう訊くと杏太郎は、「そうだな。ゴミ拾いでも何でも、しばらく善いことをしてくれ」と言って微笑んだ。

 マジかよ……。

 それから俺たち四人は、近くの町に向かって移動をはじめたのだった。

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