008 『シャンズ・ウォーク』と『クロエ・ズーキン』

「さあ、落札代金と落札手数料を支払うぜ」


 杏太郎はそう言うと椅子から立ち上がり、俺とコンチータの元にやってきた。

 金髪の美少年は、オークションの手数料について説明してくれる。


「オークションの落札手数料は10%と決まっているんだ。ボクは今回、『100万ゴールド』で落札した。だから、落札手数料として10%分の『10万ゴールド』も支払わなければいけない。落札代金と落札手数料を合わせて、支払いの合計は『110万ゴールド』だな」


 杏太郎は『10万ゴールド金貨』を11枚、オークションハウスであるコンチータに手渡した。


 この異世界、10万ゴールド金貨なんてものがあるのか……。

 ひょっとして『100万ゴールド金貨』とかもあるのだろうか? さらに『1000万ゴールド金貨』もあったりして……。


 コンチータが、金貨を手のひらの上に乗せながら静かに言った。


「こんな高額な金貨……わたし、はじめて見ました」


 俺は杏太郎に質問した。


「なあ、この『110万ゴールド』だけど、オークションの運営側が全部もらえるわけじゃないんだろ? 出品されたあの山賊の男の所有権は、そもそも俺たちにはなかったわけだからさ」


 金髪の美少年はうなずく。


「ああ、そうだ。今回は山賊の男が自分自身をオークションに出品したということになっているはずだ。シュウたちは、その売買の仲介をしたんだよ。だから、オークションの運営側は、出品者に落札代金を支払わなくちゃいけない」


 杏太郎は山賊の男を呼び寄せた。

 続いて金髪の美少年はコンチータに向かって、『10万ゴールド金貨』を9枚、山賊の男に渡すよう指示する。


「落札者のボクみたいに、出品者の方もオークションの出品手数料を10%支払わなくちゃいけないんだ。落札代金は100万ゴールドだから、そこから出品手数料の10%に当たる10万ゴールドを、オークション運営側が手数料として差し引く。だから残った90万ゴールドを、山賊の男に渡すことになるんだよ」


 コンチータは言われた通り、90万ゴールドを山賊の男に手渡した。

 杏太郎は、コンチータの手のひらの上に残った2枚の10万ゴールド金貨を眺めて微笑む。


「オークションを仲介した運営側はさあ、出品者からも落札者からも、双方から手数料を10%ずつもらえるんだ。今回は落札者のボクから10万ゴールド。そして出品者の山賊の男からも10万ゴールド。合計で20万ゴールドが、運営側であるシュウとコンチータの取り分だな」


 俺は杏太郎に尋ねる。


「それで、このお金はどうしたらいいんだ?」

「その20万ゴールドは、シュウとコンチータのものだから二人で好きに使っていいぜ」

「俺たち二人で?」

「ああ。旅の資金は、基本的にはボクが全部出すつもりだ。だから、お前たちはお金のことは何も心配しなくていい」


 おうおう……かっこいいなあ、おい。

 年下の14歳の少年に、『お金のことは何も心配しなくていい』なんて言われるとは思わなかったぜ。

 まあ、この異世界で俺は右も左もわからない。お金をいくら持っていればこの世界で安心して暮らせるのかもわからないし、しばらくはこの杏太郎という少年を頼りにするしかないのだけど……。


「まあ、10万ゴールドずつに分けて、二人のお小遣いにでもすればいいさ」


 杏太郎は俺とコンチータにそう言うと、今度は山賊の男に向かって手を差し出した。


「おい、山賊よ。とにかくこれで売買成立だ。お前は今日からボクの仲間だぜ。ボクが落札したんだからな」

「ええ、売買成立ですね。ワシのようなもんが役に立つかはわかりませんが、どうかよろしくお願いします」


 オークションで落札された影響なのだろうか? 不思議なことに山賊の男は、なぜかとても従順じゅうじゅんになっており、杏太郎と素直に握手を交わしたのである。

 そして、オークションの取引が終わったところで周囲の景色が変わった。

 白い壁で四方を囲まれていたオークションハウスが消えて、俺たちは再び元いた草原に戻っていたのである。


 草原で握手を交わしている杏太郎と山賊の男を眺めていると……。

 なんだか二人の間に男同士の友情が生まれたような錯覚を覚えた。


 いやいや……あれはお金で買った人間関係だ。

 山賊の男の表情があまりにもさわやかなので、だまされるところだった。


「兄さんっ!? どうしてそんなガキと仲良く握手しているの!?」


 兄をオークションで落札されてしまった黒ずきんさんがそう言った。

 山賊の男は、そんな妹の声に答えることなく杏太郎に言った。


「ご主人様、ワシの名前は『シャンズ・ウォーク』といいます」


 シャンズ・ウォーク……?

 んっ?

 シャンズ・ウォーク……。シャンズ・ウォーク……。サンズ・オーク……。

 サンゾーク……。サンゾク……。山賊?


 シャンズ・ウォークなんて、まるで『山賊』になるために付けられたような名前じゃないか?

 ダジャレみたいな名前である。


 それから山賊のシャンズ・ウォークは、妹の黒ずきんさんを眺めながら言った。


「ご主人様、あの美人で元気なワシの妹は『クロエ・ズーキン』という名前です。腹違いの妹で、家庭の事情で別々に育てられまして、ワシとは名字が違います」


 クロエ・ズーキン……?

 んっ?

 クロエ・ズーキン……。クロエ・ズーキン……。クロ・ズーキン……。

 クロズーキン。クロズキン……。黒ずきん?


 クロエ・ズーキンなんて、まるで『黒ずきん』を身につけるために付けられたような名前じゃないか?

 この二人、きょうだいそろってダジャレみたいな名前である。

 しかし、今まで俺は心の中で『黒ずきん』さんと呼んでいたけど、知らないうちからだいたい本名みたいな名前で呼んでいたんだな。


 金髪の美少年は笑顔を浮かべながら山賊の男に言った。


「『シャンズ』と『クロエ』だな。ボクの名前は『杏太郎』だ。シャンズ、冒険の仲間としてこれからよろしく頼むぞ」


 オークションで落札した人間を仲間といえるかどうか? それはともかく、金髪の美少年とワイルド系のイケメンは、お互い10年来の友人みたいな笑顔を浮かべながら見つめ合った。


 男同士の友情を感じさせる実にさわやかな光景である。

 しかし……これは金で買った人間関係だ。騙されてはいけない。


 山賊の妹でありクロエ・ズーキンという名前の黒ずきんさんは、そんな二人の様子が面白くないようだ。

 杏太郎に向かってシャベルを向けながら言った。


「兄さん! 兄さんは、そいつに騙されている! そいつからすぐに離れるんだ!」


 山賊でありダジャレみたいな名前のシャンズ・ウォークが大きな斧を構える。


「ご主人様、ワシが妹を説得します。妹は頭に血が上っておりますので、きっとひと暴れさせたら落ち着くと思います」

「いや、待ってくれ」


 杏太郎はそう言うと、右手を前に伸ばした。

 次の瞬間――。額装された油絵が出現する。


 んっ? 急に油絵が?


 描かれているのは赤髪ポニーテールの美しい女性だった。

 赤色を基調きちょうとした服に銀色の胸当てを装備している。

 そして右手には剣を持っていた。剣士なのだろうか?


 ファンタジーRPGの女剣士なんて、もしも実際にこの目で見ることができたらテンションが上がりそうである。

 この異世界にいれば、いつか出会えたりもするだろうか?


 杏太郎は、そんな赤髪の女剣士が描かれた絵画を俺に差し出した。


「シュウ、この絵を受け取れ。そして、オークショニアのスキル『絵画召喚』を試してみるんだ」

「えっ?」


 額装された油絵を俺は受け取った。

 額に裏板はなく、キャンバス裏がむき出しである。

 そして、キャンバス裏には『悩める女剣士の肖像』というタイトルが書かれていた。キャンバスを支える木枠きわくには『F6』というスタンプが押されている。


 おいおい……。

 元いた世界と同じならば、この油絵のサイズは『6号』ということになるけれど……。もしかして異世界でも『6号』とか『10号』とか絵画のサイズがあるのだろうか?


 金髪の美少年が言った。


「シュウ、『絵画召喚』のスキルで、お前ならその女剣士を絵の中から呼び出せるんだ」

「どうやって?」

「絵を高く掲げて、『いでよ、悩める女剣士!』と叫べ」

「ええっ!?」


 それは……くそ恥ずかしい……。


 黒ずきんさんがシャベルを俺に向ける。


「お前たち、何をごちゃごちゃやっているんだ? そのオークショニアの男が、アタシの最初の相手をするのか?」


 これは……恥ずかしがっている場合じゃない。このままでは、あのシャベルで叩かれたり、刺されたりしそうだ。

 仕方なく俺は、杏太郎に言われた通り油絵を高く掲げて叫んだ。


「いでよ、悩める女剣士!」


 その瞬間――。俺が掲げていた絵画から青白い閃光がっ!

 そして、周囲に無数の赤い花びらが舞ったかと思うと、俺の目の前には絵画に描かれていた美人女剣士が立っていたのだった。

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