007 ワイルドな山賊の男をオークションで
競り台に立った俺に、杏太郎が言った。
「シュウ。オークショニアなら、
俺は右手を前に出して、心の中で念じてみる。
『木槌と木槌を打ち鳴らすための台がほしい――』
すると、木槌と台がすぐに出現した。
まあ、本当に便利な世界だこと。
俺は木槌を打ち鳴らすための木製の台を競り台の上に置くと、右手で木槌を握った。
「では、シュウよ。あの山賊の男のオークションをはじめてくれ。ボクが落札しよう」
杏太郎はそう言うと、山賊の男を指差した。
二人組の男女は同時に首をかしげる。
金髪の美少年が、青髪の少女に指示を出す。
「コンチータ。出品される山賊の男が、競り台の脇に来るよう念じてくれ」
「はい。お兄ちゃん様」
コンチータは山賊の男を両目で見つめはじめる。心の中で念じているのだろう。
やがて山賊の男が、「んっ?」と声を漏らした。――かと思うと、急にふらりとした足取りで竸り台に向かって歩きはじめる。
黒ずきんさんが尋ねた。
「どうしたの、兄さん?」
「妹よ。ワシはオークションに出品されたので、あそこに立たねばならん」
「えっ?」
杏太郎が軽く笑いながら二人の会話に口を挟んだ。
「ふふっ、逆らうことなんかできないんだ。この会場の支配者は『オークショニア』と『オークションハウス』なんだからな」
山賊の男が小さくうなずく。
「すまんな、妹よ。そういうわけで、ワシは出品されてくる」
「兄さん?」
黒ずきんさんが戸惑うと、杏太郎が今度は中二病っぽく不敵に笑う。
「くくくっ。お前の兄は今からオークションに出品される。取り返したければ、オークションでボクに競り勝つことだな。さあ、客はボクとお前の二人だけだ。椅子に座れ」
なんか……金髪の美少年、悪役みたいなんですけど?
それから、杏太郎は右手を前に出す。すると『1』と数字が書かれた
杏太郎は黒ずきんさんに言う。
「オークションに参加したいのなら、お前もボクみたいにビッド札を出すんだな。オークションに参加する意志がある客なら、ビッド札は誰でも出せるぞ、くくくっ」
そうこうしている間に、山賊の男が競り台の脇に立った。
杏太郎が俺に言った。
「シュウ。この異世界の通貨の単位は『ゴールド』だ。りんごが一個、100ゴールドほどで買える。参考にしてくれ」
元いた世界では、いつもは『円』でオークションを行っている。
だが、今回は『ゴールド』にすればいいみたいだ。
俺はうなずくと、早速オークションを開始する。
とても不思議なことなのだが……俺はとにかくオークションをやりたくて仕方がなかった。
心の奥底から、自分がオークションを進行したくてウズウズしているのがわかった。
そもそも、元から俺はオークションが好きだった。
自分がオークショニアとして竸り台に立ち、たくさんのお客さんの前でオークションを進行し、ハンマーを叩く瞬間に快感を覚えていた。
しかし今回は、いつにも増してオークションをやりたくて仕方がなかったのである。
なんだか
これは異世界に来た影響なのだろうか?
この世界で俺の職業がオークショニアであることと何か関係しているのか?
竸り台に立ち、木槌を握った後、
現実世界では、俺は入社二年目からオークショニアを務めている。だが、こんな気分になったのはオークショニアになってから本当にはじめてのことだった。
早くオークションをっ!
難しく考えずに、とりあえずはじめようじゃないか!
「それでは、こちらの山賊の男のオークションを開始します。100ゴールドからはじめましょう! 100ゴールドからスタート!」
競り台で俺はそう声を上げた。
りんご一個分の値段から、山賊の男のオークションをスタートしたのである。
客席の杏太郎が、すぐにビッド札を上げた。
俺はその札を指し示して言う。
「1番のお客様から100ゴールドのビッド! 現在、山賊の男は100ゴールド! 他にビッドされるお客様はおられませんか?」
杏太郎が椅子に座りながら言った。
「ほう。あの山賊の男、りんご1個分の値段で落札できるのならお買い得だな。おい、女。お前は競りに参加しなくていいのか? くくくっ」
黒ずきんさんも、さすがに嫌な予感がしたのだろう。慌てて椅子に座ると彼女は右手を前に出し『2』と数字が書かれたビッド札を出現させた。
「200ゴールドだ! 兄さんはアタシが落札する!」
黒ずきんさんは声を出してビッド札を上げた。
競り台の俺は、彼女のビッド札を指し示して言う。
「2番のお客様より200ゴールドのビッド!」
杏太郎と黒ずきんさんによる、二人きりの競りが本格的にはじまった。
俺は客席の二人が上げるビッド札を交互に指し示しながら、オークションを進行する。
「続いて1番のお客様より300ゴールドのビッド! 400ゴールドは再び2番のお客様からのビッド! 500ゴールド! 600ゴールド! 700ゴールド!」
客席の二人はビッド札を上げ続ける。
金額がまたたく間に競り上がっていく――。
「10万ゴールドは1番のお客様! 11万ゴールドは2番のお客様! 12万! 13万! 14万!」
杏太郎が黒ずきんさんに話しかける。
「なあ、お前。本当にお金を持っているのか?」
「んっ?」
「もし落札した後、落札代金を支払えなかった場合、どうなるのか知っているのか?」
「知らないわよ」
「オークションで落札しておいて、落札代金を支払えなかった人間は――」
「どうなるの?」
「その場で心臓が止まる」
「えっ……」
ビッド札を持つ黒ずきんさんの手が震えたのが、競り台に立つ俺の目からもわかった。
これは竸り台に立ち、オークションをはじめた後に気がついたことなのだけど……なんだか俺の視力や聴力が異常によくなっている気がする。
客席から少し離れた場所にある竸り台にこうして立っていても、杏太郎と黒ずきんさんの会話がはっきり聞こえる。
先ほどのように黒ずきんさんの手が、かすかに震えるのもしっかり見て取れる。
客席で口元だけで笑う杏太郎のかすかな表情の変化ですら、ばっちり確認できるのだ。
確証はないのだけど――。
たぶんこのオークションハウスの中は、オークショニアの
他にも強化されている部分があるのかもしれないけれど、とりあえず視力と聴力は、普段の自分のものとは思えなかった。
杏太郎が黒ずきんさんに言った。
「ふふっ。このオークション、いい加減な気持ちで参加していると本当に死ぬぞ。ボクは忠告したからな」
そして金髪の美少年は、それまで以上にビッド札を高く上げてニヤリと笑った。
負けじと黒ずきんさんも札を上げ続け、杏太郎も競りをやめることはなかった。
競り台の俺は、オークションを進行し続ける。
「60万ゴールドは1番! 65万ゴールドは2番! 70万ゴールドは1番!」
杏太郎が再び黒ずきんさんに忠告する。
「お前、本当にお金を持っているのか? すでに70万ゴールドだぞ? オークションが終わったらすぐに支払の手続きになるんだ。そこで支払えなかったらお前は死ぬ。今、ボクたちが参加しているオークションだが、命をかけたデスゲーム的な一面も兼ね備えたオークションなんだぜ?」
「命をかけたデスゲーム……?」
杏太郎は、小さくうなずく。
「ああ、そうだ。もし今、お金を持っていないのなら、これ以上はオークションに参加しないことだ。あの山賊の男はボクが落札する。絶対に悪いようにはしない」
「お前……」
黒ずきんさんに
「くくくっ。じゃあ、こうしよう。このオークションはボクが落札して終わらせる。その後、オークションハウスの外に出られるようになったら、お前はボクから力づくで、あの男を奪い返せばいい。ボクみたいな子どもを相手に戦えるくらいの力はあるんだろ?」
黒ずきんさんがうなずく。
「なるほど……それもそうだ。この部屋から出た後、アタシがお前を倒して、兄さんを奪い返せばいい」
「うんうん。そうしたらいい」
杏太郎はニヤリと笑い、黒ずきんさんはビッド札を下げた。
客席では『1番』の札だけが残ったのである。
「100万ゴールド! 100万ゴールドは1番のお客様からのビッド!」
ひとつだけ上がった杏太郎の札を指し示しながら俺はそう声を上げる。
黒ずきんさんは、もう完全に札を上げる気はないようだ。
「それでは、よろしいですね! 落札します!」
客席にそう告げると、俺は木槌を振り下ろした。
カンっ――と乾いた音が、オークションハウスに響く。
最高に気持ちの良い音だ。
「山賊の男は100万ゴールドで、1番のお客様が落札です!」
オークショニアである俺が竸り台でそう告げると、客席の杏太郎がパチパチと拍手を鳴らす。
「柊次郎、立派だ。異世界でのはじめてのオークション、おつかれさま。お兄ちゃん、感動したぞ!」
杏太郎はニコニコと微笑んだ。
こうして山賊の男は、『100万ゴールド』で杏太郎に落札されたのだった。
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