005 【第1章 完】オークションハウスとの契約
杏太郎が質問に答える。
「ボクの弟はオークショニアなんだ。こいつがオークションを開催するためにはオークションハウスが必要でさ、誰かがその役目を引き受けなくちゃいけない」
「わたしがこいつのオークションハウスになれば、お兄ちゃん様は助かるのですか?」
「うん。コンチータがこいつのオークションハウスになってくれると、ボクはとても助かるな」
「そうですか。わたしが……こいつの……」
俺のことを「こいつ、こいつ」と呼んでいる青髪の少女だけど、奴隷商人が口にしていた通り、とても可愛らしい顔をしていた。
もしも俺が中学生くらいのときに彼女と同級生だったら、きっと異性として気になる存在くらいにはなっていたんじゃないだろうか。
髪や身体の汚れを風呂に入って洗い流し、麻のような素材の粗末な奴隷服から、きちんとした服に着替えたら?
彼女はもっと可愛らしい女の子に変身するだろうという予感があった。
もちろん今以上に可愛らしくなったところで、彼女は13歳だから26歳の俺の恋愛対象ではないけれどね!
だがそれでも彼女が身体の汚れを落とし、可愛らしい服を身につけているところを一度見てみたい気はした。
「とにかく、オークションハウスというのは、お兄ちゃん様の役に立つものなんですね?」
少女の質問に、杏太郎はこくりとうなずく。
「そうだ。ボクたち兄弟は今日から冒険の旅をはじめるんだ。オークションハウスはその冒険の役に立つ」
いや……俺は冒険の旅をはじめるなんて、了承していないんですけど?
金髪の美少年は胸の前で両腕を組んで話を続ける。
「ざっくり言うとオークションハウスってのは、普段は人間として過ごしているんだよ。でも、オークションを開催するときは建物になる」
「わたしは建物になるんですか?」
「そうだ。コンチータは建物になる」
「すみません、お兄ちゃん様……わたしは頭が悪いので、理解できないです。本当に申し訳ございません」
コンチータは深々と頭を下げた。
いやぁ……まあ、隣で聞いている俺にも理解できないからなあ……。
というか、こんな説明で誰が理解できるんだよ!
杏太郎は、頭を下げている少女の肩をポンポンと優しく叩いて言った。
「まあ、いいさ。実際にオークションハウスになってみないと色々わからないだろうから。もしオークションハウスになってみて途中で嫌になったら、解放してやることもできるから安心してくれ」
「途中でやめることもできるんですか?」
「ああ、大丈夫だ。契約を
杏太郎は俺を指差してこう続ける。
「このオークショニアが気に入らなければ、オークションハウス側から契約を破棄すればいいんだ」
コンチータは俺の方をちらりと見た。俺も彼女の方を見たので、お互いの目が合う。
彼女は黙ったまま
つられて俺も会釈する。
まあ……お互いまだ出会ったばかりですし、そういうよそよそしさはありますよね。
杏太郎が再び少女に質問した。
「それでコンチータ、どうする? とりあえず一度、ボクたちの仲間になってみるか? オークションハウスになるのが条件だけど」
「正直、まだ色々と理解はできていません。ですがやってみます。わたしをお兄ちゃん様の仲間にしてください」
おお……彼女、仲間になるのかよ。
杏太郎が「よかった」と言って微笑むと、コンチータも嬉しそうに微笑んだ。
あれ? なんかこの少年と少女、会ってすぐにいい感じじゃない?
この青髪の少女、俺に対する態度と杏太郎に対する態度があきらかに違いますよね?
おそらくコンチータ本人はそこまで意識していないかもしれないけれど、彼女が杏太郎に対して好意を抱いているのって、俺にはまるわかりッスよ。
命を助けられたわけだし、杏太郎は美少年だし、コンチータが杏太郎に好意を抱くのは当然だろうけど。
しかし、このままだとなんか俺、彼女にとってちょっと邪魔者になっていないかい?
「本当ならわたしは、病気であのまま死んでいたと思います。救っていただいた命ですので、お兄ちゃん様の仲間になってきちんと恩返しもしたいです」
青髪の少女は杏太郎に向かってそう言う。
「そうか。ならばコンチータ、お前をボクの妹分にしてやる」
「妹分ですか?」
「ああ。お前、13歳なんだろ? 実はボクは今日が誕生日で14歳になったんだ」
お前、誕生日なのかよ!
「お兄ちゃん様、お誕生日おめでとうございます」
コンチータがそう言うと、杏太郎は少し頬を赤らめる。
「お、おう、ありがとう。だからさあ、コンチータより年上のボクの方がお兄ちゃんってことでいいだろ? コンチータは、妹分ってことでいいよな?」
なんとしてもお兄ちゃんという立場でいたい――杏太郎はそんな様子だった。
しかし、妹分かよ……。
これって将来、もしコンチータが杏太郎のことを本気で好きになって、愛の告白とかしたとしてもですよ――。
『妹みたいにしか思っていなかった。お前のことは恋愛対象じゃなかったよ……』
とか言われて、杏太郎にフラれるフラグじゃないッスよね?
今はコンチータも『LOVE』じゃなくて『LIKE』って感じなんだろうけど、もしも『LOVE』になったら……。
まあ、俺にはこの青髪の少女の恋愛なんて関係ない。
けれど、仮にこれから三人でいっしょに冒険の旅をするとして、恋愛関係でギクシャクするのは嫌だな……。
それに、そもそもこの美少年も悪いよな。
どうして『お兄ちゃん』になりたがるんだ? これだけ好意まるわかりの可愛い少女が現れたのに『妹分』にしちゃうんだから……。
杏太郎も恋愛に興味があるのなら、こんな選択は遠回りな気がするんだけど。
この金髪の美少年は、恋愛に対して真面目そうな雰囲気がある。
わざわざ『妹分』と決めてしまうと、もし将来的にコンチータに恋愛感情を抱くようなことがあったとしても、『お兄ちゃんは妹には絶対に手を出せない……』とか言い出しそうだ。
コンチータを妹分としたことで、俺は杏太郎が恋愛の選択肢をわざわざ潰しているような気がして仕方なかった。
もったいない……。
「わかりました、お兄ちゃん様。わたし、妹分になります」
青髪の少女は、妹分になることを受け入れる。
杏太郎は金髪を揺らしながら満足そうな笑みを浮かべる。
「よし。コンチータは今日からボクの妹分だ。安心しろ。お兄ちゃんという生き物は、弟も妹も大事にするものだ。だから、兄になったからには、ボクは弟や妹のために全力を尽くすぜ」
ああ……これは『お前のことは妹みたいにしか思っていなかった』ルートに乗っかりましたね。
恋愛でギクシャクしないことを願いつつ、俺は二人を眺める。
杏太郎とコンチータが並んでいると、男女二人組というよりは、美少女が二人で立っているみたいに見えた。
しかし、14歳にしては杏太郎は、実際の年齢よりも見た目が幼い。
声変わりもまだ迎えていないみたいだし、身長も150センチ前後で、13歳の少女であるコンチータと同じくらいだ。
それから俺も一応、「誕生日おめでとう」と杏太郎に言うと、三人で簡単な自己紹介を済ませた。
俺はコンチータに『
「色々と事情があってさ、見た目はボクの方が若いんだけど、これでもシュウの兄なんだぜ?」
「わかりました、お兄ちゃん様。それでは、柊次郎様の方は『弟ちゃん様』とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
俺はあわてて「『柊次郎』と普通に呼んでほしい」とお願いした。
続いて俺とコンチータが契約を結ぶことになった。
『オークショニア』が『オークションハウス』と契約を結ぶのである。
「シュウ。右手を前に出して、『コンチータをオークションハウスとする契約書を出したい』と心の中で念じてみろ」
杏太郎に言われた通り、俺は右手を前に出して念じた。すると――。
何もない空間から紙が二枚出現したのである。
「シュウ。書かれている文字、読めるだろ? 異世界に召喚された場合でも、読み書きや会話は、元いた世界の言語でできるようになっているからな」
確かに契約書の内容は日本語で書かれていた。コンチータが口にしている言語も日本語なわけだし、先ほど奴隷商人も日本語で会話していた。もし本当にここが異世界ならば、まあ便利なものである。
「それじゃあ、シュウとコンチータは、契約書を読んで問題がなければ契約を結んでくれ」
俺は契約書に目を通す。
ごく簡単な一文が記載されているだけで、他に難しいことは書かれていなかった。
《『オークショニア』の『シュウジロウ』は、『コンチータ』を『オークションハウス』とする》
すごくざっくりとしたものである。
二枚の契約書には、俺の名前もコンチータの名前も最初から記載されていた。
「あとは二人が
そう言うと杏太郎が、針を出してくれた。
俺は親指を刺して血を出す。
チクリと痛んだので夢とは思えなかった。やはり本当に異世界にいるのだろうか。
俺と少女が二枚の契約書に
「よし。契約が済んだな。コンチータはステータスを確認してみてくれ。できればステータスを読んでボクに聞かせてくれるとありがたい」
コンチータはこくりとうなずくと、可愛らしい声でステータスを読み上げた。
名前:コンチータ
レベル:1
性格:中立(50)
♥:独身・恋人なし
(あなたはまだ本当の恋を知りません。どうか恋に臆病にならないで!)
職業:
スキル:①増築・改築
②オークション開催(※要 オークショニア)
杏太郎がうなずいた。
「よしよし。ちゃんと転職できているな。奴隷からオークションハウスになっている」
「はい。お兄ちゃん様」
「コンチータ。オークションハウスは『性格』が『中立』でなくちゃいけないから、それをキープしてくれよ」
「わかりました」
そんなわけで契約が済むと、杏太郎は俺にアイテムの仕舞い方を教えてくれた。
「アイテムを手に持って『収納したい』と心の中で思えばいい。仕舞ったアイテムを出したいときは、出したいと念じれば再び出せるから。試しにその契約書を仕舞ってみるんだ」
言われた通りにやってみて、俺はさっそく契約書を仕舞った。
こりゃあ便利だ。もしも仕事でこれができたら、大切な書類を紛失することがまずなくなることだろう。
杏太郎が言った。
「まあ、なんでもかんでも仕舞えるわけじゃないけどな。仕舞えないアイテムもあるってことは頭に入れておいてくれ」
それから俺たち三人は、近くの町を目指すことにした。
「RPGでいうところの『はじまりの町』って感じの町だ。そこで冒険の装備を整えよう」
そう言って杏太郎が歩き出すと、俺とコンチータは彼の後についていった。
なんだか俺は、本当に異世界で冒険がはじまったような気分になってきたのだった。
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