003 オークショニアと死にかけの奴隷少女

 それから俺は、声を出してステータスの続きを読んだ。


「職業は競売人オークショニア

「おっ!? シュウの職業『オークショニア』なのかよ!」

「んっ?」

「それって、この異世界では、めちゃくちゃレアな職業なんだぜ」

「そうなのか?」


 金髪の美少年はうなずく。


「ああ。それに、オークショニアはボクと抜群ばつぐんに相性がいい職業だ。さすが仲良し兄弟だな!」

「仲良し兄弟……」

「これは楽しい冒険の旅になりそうだぜ」

「冒険の旅?」


 杏太郎は、綺麗な顔で満面の笑みを浮かべてこう言う。


「そうだよ。シュウはボクといっしょに、この世界を冒険するだろ?」

「えっ?」

「冒険の最初の仲間はオークショニアか」


 俺と冒険の旅に出ることは、彼の中では決定事項みたいである。


 さてさて……。

 ここが本当に異世界であるかどうかは、ひとまず置いておくとして。


 俺は現実世界で美術品専門のオークション会社で『営業』として働いている。

 従業員は20人ほどで、国内にある美術品オークション会社の中では3番手か4番手といったところだろうか。

 他のオークション会社がどうなのかは知らないけれど、俺が勤務する会社では営業の人間がオークショニアを兼任していた。俺は現実世界でオークショニアなのである。

 この異世界でステータスの職業が『オークショニア』となっているのは、それが理由なのかもしれない。


 とにかく、会社を休んで冒険の旅に出るのなら、ここが異世界だろうが可能ならば上司に電話を入れておきたいところだ。

 無断欠勤はさすがにマズイっす……。


 俺はカバンの中のスマホを取り出そうと思った。けれど、周囲をどれだけ見渡しても、カバンが見当たらない。


 カバン……靴を履くときに床に置いたよなあ……。

 ああ……あのカバンはいっしょにこの世界に転移していないのか。

 こりゃあ、会社に電話を入れられない。


 そもそも、ここから会社に電話がつながるのだろうかという問題もある。

 俺という人間の力では、もうこの状況をどうにもできんぞ……。

 不可抗力ふかこうりょくという言葉は、こういう状況で使う言葉だっただろうか?


 俺が「うーむ」と眉間みけんにシワを集めていると、こちらの様子には構わず杏太郎が言った。


「なあ、シュウ。ステータスに関して、何か質問はあるか?」

「えっ……質問?」

「そうだ。兄ちゃんが答えてやるぞ」


 目の前の12~13歳くらいの美少女みたいな美少年が、いちいち俺の兄として振る舞うことに違和感を覚えながらも、俺は再びステータス画面を眺めて気になる部分を探す。



名前:シュウジロウ

レベル:1

性格:中立(50)



 性格:中立? それに、この50という数字はなんだ?


「この『性格』が『中立』ってのは何? あと、性格の後ろにある『50』って数字は?」


 俺は杏太郎にそう質問した。


「シュウ、性格には『善』と『中立』と『悪』があるんだ。後ろの数字は『0』から『100』まで変動する」

「どんなときに変動するんだ?」

「悪いことをすれば数字が減る。良いことをすれば数字が増える。数字が『30~70』までの人間は中立だ。『0~29』が悪。『71~100』が善だ」


 それなら『中立(50)』の俺は、中立のなかでも特に中立というわけだ。中立のなかでも特に中立って表現は、ちょっと言葉がおかしい気もするけれど。


「性格に意味はあるのか?」と、俺は質問を続ける。

「性格は自分の職業なんかに影響するんだ」

「職業に?」

「ああ。たとえば、『オークショニア』は中立をキープし続けなくてはいけない職業だな」

「オークショニアは中立の職業か」

「そうだ。善にもかたよらず、悪にも偏らず『中立公正』でいなくてはいけない職業だ」


 確かにオークショニアは、会場のすべてのお客さんに対して公平な立場でりを進行しなくてはいけない職業だと俺も思う。

 オークショニアが『中立』な職業というのは個人的には納得できた。


「じゃあさあ、もうひとつ質問なんだけど」

「んっ?」

「スキルってのは?」

「スキルか……。まあ、細かいことはこれからボクといっしょに冒険をしながら少しずつ身につけていけばいい。それよりも――」


 杏太郎は、俺の背後を指差した。


「シュウ。奴隷どれい商人だ」

「えっ、奴隷?」


 美少年が示した方向に顔を向けると、荷馬車がゆっくりと移動していた。

 馬車の後ろには人間が一列になって歩いている。鎖につながれているみたいだ。人々は本当に奴隷のように見えた。


「ちょうどいい。オークショニアには『オークションハウス』が必要だ。奴隷商人からオークションハウスを買おう」


 んっ?

 奴隷商人からオークションハウスを買う?


 杏太郎の言っていることが理解できなかった。

 けれど、美少年が歩き出したので、俺は彼についていった。




 奴隷商人のリーダーらしき太った中年男は、スーツ姿の俺を眺めながら言った。


「おお。これはこれは、変わった服を着ておりますなあ。『小綺麗で変わった服を着ている方はだいたいお金持ち。だから丁寧な対応をせよ』なんてことを私の祖父が大昔に言っておりましてな、はっはっはっ」


 こちらから言わせてもらえば、お前の方が変わった服を着ているのだが……。

 そう言いたかったけれど、もちろん声には出さなかった。ここが異世界なら、変わっているのは俺の方なのである。


 奴隷商人の男は、ダボッとした布の服に毛皮のチョッキを着ていて、頭にはターバンを巻いていた。腰に革のムチをぶら下げており、履いている靴の先がすごくとがっている。

 いかにもファンタジーRPGのモブキャラの商人。そんな印象を俺は受けた。


「奴隷を見せてもらってもかまわないか?」


 杏太郎がそう言うと、商人はにっこりと笑顔を浮かべる。


「どうぞ、どうぞ。荷馬車の中にもおりますので」


 馬車の後ろには鎖につながれた男たちが四人いた。

 奴隷たちはあさのような素材で簡単につくられた粗末な服を着ていた。奴隷服と思われる。


 それと、用心棒ようじんぼうだろうか。腰に剣を下げた人相にんそうの悪い男が二人、馬車の周囲をウロウロと歩きながら俺たちを観察していた。

 俺は杏太郎に小声で言った。


「おい、大丈夫なのか? かなり物騒ぶっそうな奴らじゃないのか」

「んっ? まあ、大丈夫だ」

「どうして?」

「24時間、365日。ボクは常にきちんと護衛ごえいされている。万が一のときは、護衛がボクたちを守るさ」

「護衛?」

「まあ、本当に危ないとき以外は、絶対に出てくるなと命令しているけどな」


 周囲を見渡すが、どこにも護衛らしき人影は見当たらなかった。

 杏太郎は馬車の荷台をのぞき込んだ。奴隷服を着た女と子どもが六人いて、みんな暗い顔をして乗っていた。


 六人のうち、一人の少女だけは寝かされていた。あきらかに具合が悪そうで、汗をだらだら垂らしながらぜえぜえ言っている。

 身体はやせ細っていた。青く長い髪は汗でしっとりと湿っている。おそらく、もう何日も髪を洗っていないのではないだろうか。


「彼女は病気なのか? 今にも死にそうな顔をしているが」


 荷台にいた一番年上らしき女性に杏太郎がそう尋ねた。


「はい。病気でございます。かわいそうに。ここにいる私たちの中では一番若く、まだ13歳なのですが、生まれつき身体が弱いようでして」


 杏太郎は今度は寝かされている少女に尋ねる。


「おい、お前。今、13歳なのか?」


 少女は横になったまま、ほんの小さくうなずく。

 そんなやりとりを近くで見ていた奴隷商人が、ニヤニヤしながら言った。


「まあ、死にかけですがね。あの通り可愛らしい顔の娘なので、たとえ死体になっても需要があるかと思いまして連れてきました。世の中には、物好きなお金持ちもいますからねえ」


 なんだか……嫌なことを口にする商人である。

 金髪の美少年が死にかけの奴隷に興味を持っていることがわかると、商人は話を続けた。


「病気で死にかけているあんな奴隷でよろしければ、特別お安くしておきますぜ。先に言っておきますが、あの奴隷は14歳まで命がもたない……いや、もしかしたら明日には死んでいるかもしれませんがね、へへっ。病気であることはお客様方に事前にお伝えしましたから、すぐに死んでも苦情は受け付けませんよ。それでもよろしければ、どうです? 買っていかれますか?」


 杏太郎はうなずきながら小声でつぶやいた。


「そうかそうか……それはボクはなんだか運命を感じるな。ボクは前の世界では病気で14歳のときに死んでいるからなあ。せめて14歳にはなれるといいな……」


 それから美少年が俺に尋ねてきた。


「なあ、シュウ。もしお前があの少女の奴隷をオークションハウスに選ぶのなら、ボクが彼女を買って、その後、病気の治療をしてやってもいいが……どうする?」


 正直、質問の意味がわからなかった。

 けれど、俺が首を縦に振れば、あの苦しそうにしている奴隷の少女が助かるような話の流れである。

 俺は黙ったままうなずいた。


「よし。シュウのはじめてのオークションハウスは、あの奴隷の少女にしよう。ボクもそれがいいと思うぜ」


 金髪の美少年は、死にかけの奴隷の少女を買うことにしたようだった。

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