第182話 居酒屋2

「ところで、蒲生の髪型、どうなってんだそれ」

 石田は俺に抱きついたまま、くくく、と喉を鳴らした。俺はそんな不自由な体勢のままビールを飲み、目を瞬かせる。


「なんだ。まだ誰も突っ込んでなかったのか」

「いや、石田のように、素直に聞けなかった」

 茶道部が肩を震わせて笑っている。


「変? 会社的にはOKらしいんだけど」

 そういうヤツの髪は、金髪だ。


「一回やってみたかったんだよねー」

 そう言って、自分で自分の頭を撫でている。


 もともと、もっさりとボリュームのある髪なだけに、見た目がもう……。

 金色のブロッコリー。


「覚えてる? 校則。もみあげの長さまで決められててさ」

 蒲生が不満げに鼻を鳴らすと、「あった、あった」と石田と茶道部が大笑いする。


「あの、軍隊張りの頭髪検査、なんだよ。理容店まで指定されてさ。電子顕微鏡まで使いやがって」

「指定してくる理容店のおっさんが、また怖いんだ」

 石田はけらけら笑い、「今でもあの校則守られてんだぜ」というと、俺を含めて全員がげんなりする。


「あ。そうだ。この前、島津先輩から連絡来てさ」

 蒲生がぴょこんと、また立ち上がる。


「あの人、院を卒業するんじゃ無いのか?」

 いや、したのか。どっちだったかな、と首を傾げたら、蒲生がおばちゃんのように手をヒラヒラさせる。


「なんかね。NGOかなんかに参加して、海外で農業指導するんだって。サツマイモの」


「へぇ!」

 あの人が国際的に人助けするなんて、びっくりだ。今川にも教えてやろう。


「石田はまだ修行中か?」

 ぴたりとくっついて離れない石田に話を振ると、「あと三年」と指を立ててみせる。


「三年ってことは、二十四か。それで、じいさんの工場継ぐのか?」

 茶道部が首を傾げた。石田は相変わらずアイドルのような顔で、大きく頷いた。


「じいちゃんがまだ元気なうちに、引き継ぎしたいしな」

「ついでに、井伊も引き取ってやれ」

 生ビールを呷って言うが、石田は笑って相手をしない。だが、茶道部もテーブルに頬杖をついてにやにやしている。


「最終的にあの子と結婚すると思うな、おれも」

「そんなことない、ない」

 石田だけが陽気に否定している。


「結婚って言えば、織田はどうよ」

 蒲生が、割り箸を俺に差し出しながら尋ねる。この石田に拘束された状態で飯を食うのか、俺は。


「来年、今川ちゃん卒業だろ? 大学」

「そうだよ。こいつ、女子大生とつきあってんだよー。くっそー」

 石田は、ゆっさゆっさと俺を揺する。

 ちょっと前まで、お前も女子大生とつきあってただろ。だいたい、女子大生と言えば、井伊も女子大生だ。なんで付き合わないんだ。


「今川、小学校の教員採用試験を受けるって言ってたから……。その様子をみながら」


 来年辺り、しようかなー、とふたりで話し合っている。

 という言葉は、ビールと共に飲み込む。


「今川ちゃんのご両親とは仲良くなったのか? ほれ、喰え」

 茶道部が、小皿に俺用のサラダを取り分けてくれた。嬉しい。嬉しいが、この状態では、割り箸すら割れん。


「この前、お父さんとは会った。一緒に飯食った」

 応えると、おお、と全員にどよめかれる。ついでにいえば、石田が俺から離れた。


「いや。最難関はお母さんだから、あの家」

 すかさず俺は石田と距離を取り、割り箸を手早く掴んで小皿を取る。

 実際、毎回、今川を家まで送るが、お母さんに会えたためしがない。意図的に避けられているんだろうなぁ。


「でも、進歩だよ」

 感慨深げに石田は言い、ビールを呷る。いいんだろうか、こいつにまだ飲ませて。


「高校の時なんて、『うちの娘に近寄るなっ』って感じだったじゃん。もう、工業高校の男ってだけで、毛嫌いされてさ」

 石田が向かいの席に顔を向けると、蒲生と茶道部が深く頷いているから、苦笑した。


「今川が頑張ったんだよなー……。なんだかんだ言って」

 呟き、サラダをかき込む。ついでに、コロッケにも箸を伸ばした。


 実際、何が起こったのか、詳しくは知らないが。

 転機は、今川の大学進学のあたりだった。


 今まで、どことなくご両親に頼りっぱなしだった今川が、自分でバイトを探してきたり、ボランティアに参加したりしはじめたのだ。


 その日あったことを、全部ご両親に報告していたのに、大学で出来た友人関係についてはあんまり口にしなかったり、こっそり俺と一泊旅行に行ったり……。


 なんかこう。

 自立を、しはじめた。


「いや、お前も頑張ったよ。うんうん」

「おわっ」

 がっちりとまた石田に抱きつかれ、箸で喉の奥を突くかと思った。怒鳴りつけてやろうかと思ったのに、涙目になって俺を見上げている。


「おれなら、ソッコー別れてた。あんなややこしい親」

「……お前は、誰とも長続きしてないだろ」


「まだ運命の女性と出会ってないんだよう」


「「「だからそれは井伊だって」」」

 思わず三人で声が揃い、その後爆笑する。


「結婚式、どうしよう。おれ、号泣してるかも」

 勝手に呼ばれる気になっている石田が、すでに泣きながら俺に言う。


「あ。おれと蒲生で、手作り花火を打ち上げるから、ガーデンパーティーにしてくれよ」

 危険物取扱者たちが、がっちりと肩を組んでいた。馬鹿者。それは俺が自分で企画して、お前達にみせてやるんだ。師匠仕込みの巨大花火を。


「結婚しても、子どもが生まれても、この飲み会、続けような」

 ぐずぐずと石田が泣く。今度は泣き上戸かよ。


「それは賛成!」

 蒲生が声を上げる。


「ぼく、海外赴任してもスカイプで参加するよ!」

「なるほど。おれもじゃあ、県外転勤になってもスカイプ参加で」


「それはもう、家飲みなんじゃないか?」

 俺は訝しむが、「それぐらいの気概が必要なんだっ」と石田が俺にきつく抱きつく。はいはい、もう。ややこしいなぁ。


「じゃあ。日本中といわず、世界中に羽ばたいている卒業生を讃えて!」

 また蒲生がグラスを突き上げた。


「いつまでも、この素晴らしい世界が続くように!」


 かんぱい、と俺達はまた、グラスをかち合わせる。


 年を取っても。生活する場所が変わっても。家族が増えても。


 一生、俺達は、輝かしく、お馬鹿で。そして誇り高いクロコウ生だ。


 これからも、ずっと。


                               了

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