第153話 三者面談2
「なるほど。ご両親や、自分の生活を振り返って、公務員を目指すんだな?」
さすが普通科の藤原先生だ。常識的な発言で、俺とお母さんの口争いをまとめた。
「姉は看護師になりましたが、結構進学費用がかかったので……。俺は、工業高校で資格を取りながら、公務員を目指そうと」
「面白みのない子」
「中学生の時から思っていましたっ」
茶々を入れるお母さんの声を打ち消す勢いで俺は藤原先生に言う。藤原先生は手元の資料に目を落とし、小さくうなずいた。
「資格取得も完璧だな。ゴールドマイスターだ」
先生が言う「ゴールドマイスター」というのは、工業高校生に限って行われる『ジュニアマイスター顕彰制度』というやつだ。取得した資格や競技会成績を点数化し、表彰しようというやつで……。
文化部はともかく、運動部でゴールドをとったやつは、結構珍しいと思う。我ながらよく頑張ったとほめてやりたい。
「うちは、両親揃っていますが、まぁ……。生活は常に母が切り盛りしていて」
俺はちらりとお母さんを見る。お母さんは不満そうだ。お父さんもお金を入れている、と言いたいのだろうけど、その金額の波が激しすぎる。
「ひとりで暮らしていくなら別に、どんな仕事についてもいいんでしょうが……。将来のことを考えたら、安定した職種や、なにかあった時に、相手や家族を支えられる仕事の方が安心かな、と」
「なるほどね」
藤原先生は、ふう、と息をひとつ吐くと、紙資料をぱたりと閉じた。
「まぁ、ただ。公務員は倍率高いからな……。落ちたときのことをいろいろ考えておけよ」
俺は頷いた。
「さっきも言いましたけど、一番早い受験が市職員ですから。もし、落ちたら、警察、自衛官と受けようと思っています」
「警察と自衛官は併願で?」
「いまのところは……。ただ、公務員を落ちたら、また考えます」
返事をした途端、「待った」と、またお母さんが口をはさむ。
「今度はなに」
半ばイライラしてにらみつけると、お母さんは、おもむろに椅子から立ち上がる。
「……
半眼になって俺を見下ろしてきた。もう、背丈なんて、中学校の時に抜いたもんだから、こうやって見下ろされるのは何年ぶりだろう。戸惑いながら、俺は口を開く。
「警察と自衛官の併願のこと?」
「違う」
お母さんは一言で切って捨てる。
「あんた、やけに現実的なことを言ってたわね。『ひとりで暮らしていくなら』とか、『将来のことを考えると』とか……」
お母さんは俺を視界にとらえたままだ。
俺はなんだか、嫌な予感がしてきた。
「律」と名前を呼ばれ、「なに」と言葉を返した途端、にやり、と人の悪い顔で嗤った。
「あんた、彼女がいるんでしょ」
「………」
もう、頭を抱えたくなった。三者面談で何言いだすんだ、この親は。
「先生っ。うちの子、彼女います!?」
呆気にとられた俺の目の前で、お母さんは藤原先生に詰め寄る。藤原先生は苦笑いのまま、ちらりと俺を見たものの、「みたいですね」と言い出した。
「先生っ!」
俺が怒鳴ると、からかうように笑い、顔をお母さんに向ける。
「県立大付属の女子生徒のようですよ」
「なんで知ってるんっすか!」
びっくりして目を見開くが、藤原先生は小さく肩を竦めるだけだ。
「先生たちのネットワークをみくびるなよ」
くそう。どこの誰だ、言いやがったのは。「県立大付属かぁ」。歯ぎしりしたい気分の俺の隣で、お母さんがつぶやく。同時に、意気消沈したように、どすりとイスに座った。
「先生、あそこ、すっごい厳しいですよね。うちの娘が高校生時代から、有名でしたもん」
眉根を寄せて先生にため息ついて見せる。藤原先生も、少しだけ口角を上げ、「そうですね」と頷いた。
「圏域の情報交換会でも、あちらの先生、おっしゃいますね。勉学が最優先で、男女交際なんてもってのほか、と」
「娘の同級生にもいたんですよ。県立大の子。で、県立大の子同士でつきあってたんですけど、女の子のほうが国公立選抜コースにいてね。まぁ、男の子は私立文系クラスだったんですけど」
お母さんはそこで、大ため息を漏らした。
「女の子のクラス担任が、男の子のクラスに来て、『迷惑だから別れてくれ』って」
「へぇ! そんなこと言うんですか」
藤原先生は目を丸くする。お母さんは盛大に顔を顰めて見せた。
「それで別れちゃう男も男ですけどね。まぁ、とにかく、勉強が最優先の高校ですしねぇ」
お母さんは言うなり、ちらりと俺を見る。あんた、大丈夫、と。
「知ってる。いろいろわかってる」
口から飛び出したのは、自分でも驚くほど平坦な声だった。
今川の親御さんが反対しているのも。
高卒の男が気に入らないのも。
今川が俺のことをご両親に隠していることも。
それに俺が就職して、今川が進学して。
状況が変われば、今川の気持ちも変わるような気はしている。
だから、覚悟はしている。いつか終わるんだろうな、と。
そんな、一切合切を俺は飲み込み、「ちゃんと知っている」とつぶやく。
「………えー……、っと」
なんとなく重い空気が充満する教室に、焦ったようなお母さんの声が流れた。
「ま、まぁ。高校の時に付き合った子と結婚する確率なんて、めちゃくちゃ低いから。そう落ち込むことはないわよ。みんなそう。ね? みんな、すぐ付き合って別れちゃうんだからっ。うん。そうよ……。うん」
……現状、一番落ち込んでるのはお母さんに見えるけど。
「そうだぞ、織田。就職先で、良い出会いがあるかもしれないしな」
……藤原先生まで、何言いだしてるんっすか。
「でもまぁ。あんたが、その子との結婚を妄想するぐらい真面目にお付き合いしているってことがわかって、なんか安心した!」
あのなぁ……。
「若いなぁ。いや、うん。若い。先生、応援する!」
いや、あのね。
「あとはあんた、ちゃんと順序だけはしっかりね! お母さん、相手の親御さんに謝りに行かなきゃいけない事態は絶対嫌だからっ」
「それは重要だ、織田! 傷つくのは女の子の方なんだからなっ!」
ぎょっとする俺の前で、お母さんと藤原先生は共同戦線を張ったように、「高校生らしい付き合いを」とか「後ろめたいことはするな」とか「なにごとも、自立してから好き放題やってくれ」と怒涛の言葉を浴びせてきた。
三者面談。
俺は就職相談に来たはずなのに、どうしてこんなことになっているんだろう……。
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