三年

一学期

第144話 居眠り

「寝すぎだ、お前らっ」

 科長がぐるり、と振り返り、黒板を背にして怒鳴った。


 ついでに、持っていたチョークを投げる。

 狙いすましたチョークは、見事に眠りこけていた野球部の頭に当たり、びくり、と肩を震わせて顔を上げた。


「最高学年になったというのに、なんたる体たらく!」

 科長は、やせた顔に目だけをらんらんと輝かせ、教室を見回して怒鳴った。


 まぁ、確かに、と俺も思う。


 春先の陽気にくわえ。

 入学式だ、新入生歓迎なんちゃらだ、部活動勧誘だ、とたて続けに忙しいせいで、みんな、疲れがたまり始めたんだろう。


 授業中、居眠りするやつが増え始めた。

 科目によっては、生徒が眠っていてもスルーする先生もいるし、傍まで寄って、揺り起こす先生もいるが。


 科長は『怒鳴って起こす』タイプらしい。


「だいたい、眠っていたら、周囲の奴らが起こしてやらんかっ! こうやって、授業も滞り、全体の士気も下がるだろうっ」


 科長は教卓に手をつき、教室を見回すが、誰も同意するやつはC科にはいない。

 眠っていたら、しめしめ、ってなもんなんだろうなぁ。


 この時期、成績に皆、一喜一憂している。授業中居眠りをして、成績を落とした奴がいたら、ラッキーぐらいにしか考えていない。


「いいかっ! 今から、隣の席で寝ている奴がいれば、起こせっ」

 科長は言う。「えー……」。めんどくさい。そんな感じの声が女子から洩れたが、科長が睨んで黙らせる。


「起こしてもらったやつは、『ありがとう』と礼を言えっ。眠っているのに、起こさなかったら、起こさなかった生徒を授業中に立たせるからなっ」

 強権発動で科長がそう言い、しぶしぶ俺たちはその指示に従ったのだが。



 結果的に。

 教室中に、「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」が、際限なくこだました。

 ひっきりなしに。のべつまもなく。



「うるさいっ! もうやめろっ!! ってか、どんだけ寝てるんだっ!」

 科長が再び怒鳴って、この方法は取り下げられた。

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