第136話 小学生向け『わくわく科学実験教室』5

「確認するが」

 にゃんはテント内を見回しながら言う。


「お前たちがしたいのは、空気砲を使ったまとあて、なんだな?」

 にゃんはテント内に転がる段ボールを指さした。私と凛世りんぜい君は顔を見合わせて頷いた。


「大きさとか、開口部によって、どう違うか、を体験してもらおうとおもって」

「あと、どこまで届くか、とか。ですかね」


 私と凛世君は交互に話す。にゃんは幾度か頷き、それから自分の持っている段ボールを私に。それから手近な物をひとつ凛世君に持たせた。


「それで、その辺に歩いているこどもを撃ってこい」

「「へ?」」

 ふたりで声を合わせて尋ねる。その間に、にゃんはコンテナ箱に近づく。


「親は『空気砲』が何か知っているからな。ありきたりだから、こどもに体験させようとは思わん。空気砲は家でも作れるし、どこでもできるから」


 コンテナにしゃがみ込み、道具をあさりながらにゃんは淡々と言う。

 その一言ひとことが、結構ぐっさり、来る。ああ、やっぱり、空気砲じゃだめだったか……。


「親からすれば、ここでしか体験できないことを子どもにさせたいと思うだろう。メッキ加工なんて、長蛇の列だ。……なんだ、線香もあるんじゃないか」

 がさがさとにゃんはコンテナ箱の中身を探りながら言う。そうだよね……。私も、メッキ加工、みたいもん。


「だけど、こどもはそんなの、どうでもいいんだ。『不思議な体験』をしたら、それでいい」

 にゃんはペットボトルをいくつか手に持ち、立ち上がる。「ああ」。凛世君が声を上げた。


「だから、撃って体感させるのか……。そりゃ、これ。びっくりしますよね。いま、何が起こったの、って」


「実弾じゃないから、怪我もしないしな。だから、まず、低学年の子で、男の子を狙って撃て」

 にゃんは、凛世君に、「できるだけ、やんちゃそうなヤツだ」と補足する。


「で。びっくりしたら、『やってみる? おいで』と声をかけろ。このテント内でさせるんだ。外で無駄打ちさせるなよ。このテントでしかできない、と思わせろ」

 にゃんの指示に、「アイサー」と凛世君が段ボールを抱えたまま敬礼をする。


 そうか。そうやってテントに人を呼べば、他の人も気軽にのぞきに来るよね……。

 うんうん、と頷いていたら、「今川」と名前を呼ばれ、顔を向ける。


「ペットボトルとガムテ、使って良いか?」

 そう言うから、ぶんぶんと顔を縦に振った。どうぞどうぞ。なんでも使って。


「じゃあ、撃ってこい」

 にゃんに命じられ、私と凜世君は、テントを飛び出した。


◇◇◇◇


 その後、テント内は結構な賑わいを見せる。

 にゃんの言う通り、元気そうな低学年男子に遠くから空気砲を撃つと、みんなびっくりしたように立ち止まった。 


 そこに、凛世君が人懐っこく近づき、私がテントにおびき寄せる。


 その後は、自分で空気砲を選ばせて的当てをさせたり、兄弟だと、互いに撃たせてみたりした。


 きゃっきゃと子どもがテント内で笑い声を上げると、不思議と人の足も止まるもので……。


 そこを引き留め、順番に体験をさせていくと、人の呼び込みなどいらないぐらいになってきた。


 ただ。

 中には、「なんだ、空気砲か」とこどもを引っ張ってテントを離れようとする親も居て、そんな親御さんには、にゃんが巧く対応してくれた。


「渦輪をお子さんにみせませんか?」


 にこやかにそう話しかけ、空気砲の中に線香の煙を充満させて撃つ。

 目に見えない空気が「煙」によって色づけされ、動きがわかるようになると、にゃんは保護者に、空気砲の仕組みをかみ砕いて説明する。


 やっていることは、おんなじだ。

 空気砲を撃って、空気を感じる。

 それだけなんだけど。


 にゃんが、大人に対して、「流体工学」だの「コア」だの難解な言葉を使って説明すると、大人は真面目な顔で「うむ。じゃあ、お前も体験しなさい」とか言って、こどもをテントの中にいれてくれるので不思議だ。


 やってること、一緒なんだけどなぁ。


 段ボールから空気が飛び出すときに粘性を持って、消滅しにくい形のまま、移動するから、「空気が塊になって当たった」感じになるのだ。


 また、テント内にいるのが低学年ばかりで、「なあんだ」と出て行こうとした高学年の子には、にゃんが「ペットボトル空気砲」を手渡した。


 即席で、作ってくれたらしい。

 作り方は簡単。材料もふたつ。ペットボトルと、風船だけ。

 ペットボトルを半分に切って、上半分(飲み口のある方)を使う。

 飲み口にはポケットティッシュを丸めて詰め、それから、テントの飾り付けに使った風船を半分に切る。空気の吹き込み口は捨てて、底部を、ペットボトルの切り口に覆い被せ、ガムテでぐるぐるに巻く。


 この風船を摘まみ、引っ張って、手を離すと。

 中の空気がもどる力で「弾」であるポケットティッシュが飛び出す仕組みだ。


 これは、『弾力』を利用した鉄砲で、にゃんは、そこのところを巧く説明しながら、高学年の子たちと、楽しそうに的当てをしていた。


 そんな様子を見ていたのは最初のあたりぐらいで……。

 気づけば私は、子どもたちの対応や、大人からの質問に大忙しになる。


 だけど、テントの中が混乱していないな、と思ったら、和奏ちゃんが、列整理をしてくれていた。


「ありがとう。助かるよ。ごめんね」

 手が空いたすきに、慌ててお礼を言うと、「何言ってんの」とあきれられた。


「大盛況じゃん」

 こつん、と肘でつつかれ、私は照れて笑う。「織田君のお陰……」。そう言ったのだけど、和奏ちゃんは、私を見て、首を横に振った。


「あんたの普段の頑張りよ。絶対そう!」

 和奏ちゃんは言い、「生徒会新聞にも載せるね」とスマホをちょっと持ち上げてみせる。写真をいくつか撮ったらしい。嬉しい。広報誌に載れば、保護者へのアピールにもなる。


「先輩。空気砲の原理を説明して欲しいそうですよー」

 凛世君が、丁寧語で私にそう言うから、私はにゃんが説明していたように保護者に伝える。


 その姿を見て。

 いつの間にかテントに戻ってきていた、後輩達が私に、「何か手伝います」と申し出てくれた。


「手伝う」と言ってくれたことにも、「丁寧語」で話しかけてくれたことにも驚いて、私は泡を食ったのだけど。


「空気砲をこどもたちと作ってもらえ」

 にゃんが素早く声をかけてくれたから、それはそうだ、と頷いた。

 テント内の子どもが多すぎて、空気砲が足りない。


「まだ、段ボールありますねー。作っちゃいましょうか」

 凛世君が手際良く用意してくれて、テント前では、空気砲実演コーナーが出来てしまった。


 よかった……。お姉ちゃんとスーパーを回って、一杯確保した甲斐があった。『貧乏くさいなっ! なんでお姉ちゃんがこんなことを……っ』って、お姉ちゃん、めちゃくちゃ怒ってたけど、ありがとう。


 迎えに来てくれたら、この感動を伝えよう。お姉ちゃんのことだから、明確になんかこう、「謝礼」を要求しそうだけど……。


「今川」

 ごそごそと、資材の量を確認していたら、にゃんに声をかけられた。「なに?」。座ったまま顔を上げると、にゃんはテント内をぐるり、と見回す。


「大分、こなれてきたから、休憩行かないか?」

「休憩?」

 思わず目を瞬かせる。ちらりと腕時計を見たら、確かにもう、お昼だ。十時に開始されたから、かれこれ二時間、ずっと体験活動をしてきたことになる。


「あ。……そうだね。にゃん、黒工くろこうの方にも戻らなきゃだろうし」

 私は慌てて立ち上がる。よく考えたら、黒工の手伝いに来たのに、にゃん、ずっと県立大付属うちにいるし。


「ごめん。休憩に行って。というか、このお礼はまた……」

 早口にそう言うと、目を細めて見つめられる。


「お前も一緒に行くんだよ、休憩」

「いや、それはまずいでしょ」

 私は首を横に振る。一応、この部で唯一の『先輩』だ。責任者がここを離れたらダメでしょ。


「来年以降、お前がいなくても、この部は続くんだろ? ちょっと抜けたぐらいでどうにもならないようじゃ、なにもできんぞ」

 にゃんに言われ、私は、うぐ、と口をつぐむ。


「凛世!」

 にゃんが声を張ると、外で空気砲を作成していた凛世君が、「はぁい」と、ひょっこり顔を出す。


「軌道にのっただろ? あとは、後輩だけで回せ。手が空いたやつから順番に休憩な」

 凜世君は、「アイサー」と応じながらも、可愛らしく首を傾げる。


「先輩達は? 一番に休憩ですか」

 尋ねられ、私が答えるより先に、にゃんが口を開いた。


「おう。デートだ。30分は邪魔すんな」


 言うなり、私の手をぎゅっと、にゃんが握る。

 凛世君はテントの入り口で目をまん丸に見開いた。ぴう、と口笛を吹いたのは和奏ちゃんだ。


 その横を、にゃんに手をつながれたまま、私はよろめくように歩く。


 ただただ。

 自分の顔が真っ赤になっているのが分かって。


 その顔のまま、凛世君に、何か先輩らしく、指示らしいものを出そうと思うのに。

 だけど、なんと言えばいいかも分からず。

 頭のすみっこで「にゃんの手、大きいな」と思いながら。


「いってらっしゃーい」

 和奏ちゃんに手を振られて、テントを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る