三学期 流奈side(1月)

第129話 メール返信1

 読まなければレポートが書けないのに、読む気が全くない参考書籍を、お腹と太ももの間に挟み、ペティキュアを塗っていた。


「お姉ちゃん」

 そろそろ乾いたし、トゥーセパレーターを外そうかな、と思っていたら、流花るかの小声が聞こえてくる。

 ベッドに腰かけたまま、ドアに顔を向けた。


「ちょっとだけ、今、いい?」

 ドアを薄く開け、流花が周囲を気にしながら顔をのぞかせていた。


「寒いから。入るんなら、入って」

 ぞんざいに声をかけ、足の爪を凝視する。よし、乾いた。


「あのさ、あのさ」

 流花は音もたてずにドアを閉めると、子猫みたいなしぐさで、するすると私の傍に近寄ってくる。


「なによ」

 私はマニキュア道具一式を百均の小物かごに放り込み、上半身を起こす。拍子に本が膝から転げ落ち、流花が目を丸くした。


「ごめん。勉強してた?」

 カーペットに、ぺたんとお尻をつけて座る流花は、申し訳なさそうに本を拾い上げ、私に差し出す。


 まぁ、勉強していた、ということにしておこう。実際は、まだ、一文字もレポートを書いてないけど。


「なによ。お金でも貸してほしいの?」

 私は流花から本を受け取り、ぱらぱらめくるふりをして尋ねる。言いながらも、そんなことは絶対ないだろうなぁ、とわかっていた。


 夏前までなら、流花が私の部屋まで来て頼むことといえば、『車の運転』か、『洋服貸して』のどちらかだ。


――― 今は、どっちともないな


 心の中でその予想を切り捨てた理由は、ただ一つ。

 夏の、高校野球地区予選だ。


 『黒高クロコウ対商業高校』の決勝戦を観に行っていた流花は、男と一緒のところをケーブルテレビに映された。


 私は非常にほほえましく、「おお。我が妹よ。青春を謳歌しておるな」と眺めていたのだけど。


 高校野球観戦が大好きな叔父さんが目にしたのが、まずかった。


 叔父さんは即座にお父さんとお母さんにメールをしたみたいで……。


『模試に行くって、お前はどこに行ってたんだ』

『相手の子、って工業高校の子なの?』


 帰宅した流花は、いきなり両親に問い詰められたらしい。


 まだ、始まってもいない恋に、横やりが入ったのだ。

 流花は、『模試が終わってから、球場に行った』『相手の子とは、付き合っていない。ただ、世話になったから、お土産を渡したのだ』と必死で説明したらしいが。


 お父さんに『あんまり関わるんじゃない。来年は受験なんだぞ』と言われて、それ以上言い返せなかったそうだ。


 結果。

 流花の行動を、お母さんもお父さんも監視しはじめた。

 どこに行くのも『両親どちらかの送迎つき』。

 塾さえも、時間変更させられて、親が送迎している。


 スマホだって、悲惨だ。

 夜九時になったら両親が預かって、登校する前に返される。


 どうやら、内容もチェックしているそぶりがあるから、それに対しては、私がかみついた。


『いくらなんでもそれはひどい。ありえない。囚人でもあるまいし』

 そんなことはない、とかなんとか言い返してきたけど、勝手にロックかけて、暗証番号は流花にだけ伝えた。流花もほっとした顔で『ありがとう』と言ってたけど……。


――― 高校生にもなって、親に歯向かえないかねぇ


 私は、ちらりと流花に視線を送る。


 ちまっ、とした妹だ。

 私より背も低いし、体も細い。昔は気が強くて、負けず嫌いで。バスケだって確か、中学校の時は部長をしてたんじゃないのか。


 それなのに。

 なんだか、今の進学校に進んだとたん、しぼんだ風船のようになってしまった。


 青白い顔をして、毎日参考書や教科書を見つめ、放課後も塾に通って、家には眠りに帰るだけ。


 大丈夫かな、と私は心配したのに、親は流花の成績を見て、ほくほく笑っているから空恐ろしかったことを覚えている。


 その流花が。

 少しずつ顔を上げ始めたのは、あの織田律おだりつ、とかいう男の子に出会ったからだと思っている。


 高校では化学同好会を立ち上げ、勉強だけじゃなく、数カ月に一度は私に服やアクセサリーを借りて映画を見に行くようにもなった。


 いい感じじゃないの、と思っていた矢先に。


――― これだもんなぁ……


 私は小さくため息をつく。

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