第130話 メール返信2

「にゃんからさ、返信がこないんだけど……」


 肩を落とし、上目遣いに私をみやる流花るかの手には、スマホが握られていた。


 壁時計を見る。まだ、二○時半だ。親に『返還』するまで時間があるらしい。


「私、なんか変な文面送って、怒らせたのかな……」

 消沈した顔つきで、流花は真っ黒になったスマホのパネルを見つめている。


「なんて送ったの?」

 私はベッドに手をつき、床に座り込む流花に顔を近づけた。


「あけましておめでとう。今年もよろしくね」

 呟くように口にしたその内容に、眉根が寄った。新年のあいさつだ。


 今はもう、一月も後半。二十日を過ぎている。

 その間、全く返信がないんだろうか。


「その前は? すぐ返信来たの?」

 私の言葉に、流花は顔を上げて頷いた。


「『クリスマスも、模試だよ』って送ったら、『お疲れさん』って」


 なんて、色気のないやり取りだ、とあきれたものの、それは一旦置いておいて、私は前髪をかき上げる。


「その後、あけましておめでとう、だったわけね?」

 ううむ、と私はうなった。


 別に変じゃないし、怒るようなものでもない。そもそも、内容なんてない。


 頭を巡らせている間に、流花は、「なんだろう」「どうしたんだろう」と泣きそうな声で繰り返している。


「もう一回、メールしてみたら?」

 私は足を組み、その膝に頬杖をつく。流花は、うるんだ目で首を横に振った。


「あと三○分したら、携帯をお母さんに渡さないといけないもん。嫌なタイミングで返信来たら、また……」


 私は、今度こそ派手にため息をついてやった。

 見るよね。

 あの、両親なら、なんとしてでもロックを解除して、返信内容を見ようとするよね。


「……あ」

 声が漏れた。流花が首をかしげる。


「ひょっとして、相手も返信できない状況にあるんじゃないの?」

 思いついたまま、私は流花に告げた。


「あんたが、親に携帯取り上げられてるようにさ。律君だって、親に取り上げられたか、電源が入らない状況の場所にいて、返信できないんじゃないの?」


「にゃんも……?」

 いぶかし気に流花は言うが、不意に目を真ん丸に見開いた。


「そういえば、にゃんの学校、携帯を持ち込んじゃダメなんだって!」


「学校に持ち込めないの?」

 そのことに驚いた。「学内使用禁止」ではなく、「学内持ち込み禁止」の高校が今どきあるとは思わなかった。


「なんかね。携帯探知機で調べられるらしいよ」

「こわ……っ。どこの刑務所よ……」


「それでね、修学旅行は、北海道で雪中行軍なんだって」

「え? 工業高校だったよね。自衛隊の教育隊だっけ?」


「時期的に、今、修学旅行なのかも!」

 流花が晴れ晴れと笑う。「おお、そうかも」。私は枕元に放り投げたままのスマホを手に取り、黒高のホムペにアクセスする。

 学校行事案内をクリックすると。


「ビンゴ!」

 思わず笑ってしまった。流花の言う通り、昨日まで彼らは北海道でスキー体験をしていたらしい。


「雪中行軍じゃないわよ。ちゃんと、スキーって書いてるよ」

 私がスマホを差し出すと、流花は首をかしげながらも覗き込み、それから破顔した。「ほんとだ」と、肩の力が抜けたように笑い声をあげる。


「学校行事が忙しくて、返信忘れてたのよ。明日、また連絡してみたら?」


「うん。そうする」

 そういう流花の顔からは、部屋に入ってきたときのような緊張は消えていた。


「勉強中にごめんね」

 流花が申し訳なさそうに目を細め、「ありがとう」と続けようとした矢先。


 流花のスマホが振動した。


「……にゃんだ」

 流花は呟くと、慌ててスマホをタップし、メールを開いたようだ。


 まぁ。

 そこは姉妹とはいえ、プライバシーもありますし。


 私は顔を反らし、また、『読みたくないっ』と脳が全力で拒否をするテキストをぺらり、とめくる。


「『今、電話していいか』って、書いてある、お姉ちゃん」


 流花が焦ったような声を上げ、私は反射的に時計を見る。

 残り、十五分。


「あんたから電話しなっ。で、時間がないって、伝えんのよ!」

 命じると、流花は再びスマホに指を走らせて、耳に当てる。なんか、私までどきどきしてきたけど……。


「あ。にゃん? うん。なに? 今、時間……は」


 流花が私に視線を送るから、首を横に振る。

 たぶん、『時間あるかな』と聞かれたんだろう。『ない』と答えろ。会話が長引いて、あの両親に気付かれたらややこしい。


「十分ぐらいなら、ある。九時になったら、親にスマホを返さないといけなくて……」


 流花は、申し訳なさそうに眉をハノ字に下げるが。

 正直に事実を伝えるのは良いことだ。


 いいよ、流花。好印象だよっ。

 私は知らずしらずに拳を握りしめて、床に座る流花を見ている。


「うん。……あ、そうなんだ。やっぱり、修学旅行?」

 流花は楽しそうに笑った。


 やっぱり修学旅行でスマホを不携帯してたわけね、と私は苦笑する。流花と目が合い、流花も私を見て、外国人のように肩を竦めて見せた。


 おっと。いつまでも、二人の会話を盗み聞きしてはいけないな。

 私は三度みたび、テキストに視線を落とした。

 ああ、いやだいやだ。なんでこんな、偉そうな文章を読まなければならないんだ……。


「……うん。そう、だ、ね……。今年、私は受験だし……」


 ふと、流花の声が固くなる。

 私は、そろり、と顔を上げた。


「へぇ……。にゃんのところは、研究課題とか、するんだ」

 なんだか、無理したように笑う流花が、スマホを両手で握りしめてそう言った。


「うん……。私も、センター試験を受けるつもりだから……。そうだね。新学期から模試も続くし……」


――― まさか、別れ話じゃないでしょうね


 私は思わず前のめりになる。

 来年は忙しくなるから、お互いそれぞれ、頑張ろう、的な。

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