第128話 宿泊ホテル5

「いやああああああっ」


「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ」」

 突如、蒲生がもうが叫ぶから、俺と茶道部は抱き着いて悲鳴を上げる。


「なんだよっ! ウォシュレット使う幽霊って!! 現代生活に適応しすぎじゃないかああああっ」


 蒲生が叫び、俺と茶道部は抱き合ったまま、「いきなり叫ぶなっ」と怒鳴りつけた。心臓が止まるかと思った……。


「とりあえず、落ち着け! 落ち着かないと、殺人鬼の思うつぼだぞっ」

 茶道部が俺と蒲生に言うが、蒲生は茶道部を睨みつける。


「殺人鬼がいるの!? それとも幽霊!? そこんところ、はっきりしてよっ」


 二体ともいるんじゃないか、という予想は飲み込み、俺はとにかく茶道部と抱き合う、という不快な状況から脱することにした。


「俺は携帯を持ってきてないが……。お前たち、持ってきてないのか?」

 蒲生と茶道部の顔を、交互に見比べた。


 今回は修学旅行、ということで教員側も締め付けがゆるい。さすがに、服装違反は許されないが、スマホの持ち込みは黙認されていた。


「それを使って、外部の誰かを呼ぼう」

 俺の呼びかけに、慌てて二人は自分のスーツケースに飛びついた。


 だが、室内の暗さのせいで、「スーツケースを開ける」ことさえまず難しそうだ。


「……懐中電灯とか、ないかな」

 俺はゆっくりと室内を見回す。普通、非常灯とかありそうなものだが。


「カーテン、開けてみる? 夜景とか、月明かりとかで少しはましかも……」

 蒲生が立ち上がった。「いて」と声を上げたのは、何かに躓いたからかもしれない。慎重に窓に近寄り、カーテンに指をかけた。


「どこに置いたっけ、スマホ……」

 茶道部がうなる。


 その先で、蒲生が一気にカーテンを開いた。

 カーテンレールが走る鋭い音は。

 だが、すぐに。


「「ぎゃあああああああ」」

 俺と蒲生の喚き声に消える。


「ななななななな、なんだよっ!!」

 慌てたように茶道部が近づいてこようとして、椅子にぶつかったらしい。「いてぇっ」と声を上げながらも。

 抱き合っている俺と蒲生に、意味もなくさらに抱き着く。


「見た!?」

 ガクガクと震えている蒲生が、俺を見上げる。


「見たっ!!」

 俺もうなずいた。


「だから何を!?」

 茶道部が怒鳴るが、無視だ。


 だ。

 絶対。

 窓の向こうにいた。

 が。


 夜中にウォシュレットを使ったやつだ……。


 人間って、『寒い』だけじゃなくて、『恐ろしい』と思った時も震えるんだな、と妙に感動した時だ。


「こらあ!! お前ら、なにを騒いでるんだあ!!」

 がちゃり、と扉が開いて、科長の声が室内に響き渡った。


「「「科長おおおおおおおおおっ!!」」」

 俺たちは一塊になったまま、科長にぶつかるように抱き着き。


 結果的に、もんどりうった科長は廊下に後頭部から転倒した。


♣♣♣♣


 その後。

 俺たちは、「教員の宿泊室に三人一緒に泊めてもらうこと」を必死で願い出た。


「こんなこと、お前。学校始まって以来だぞ」

 科長も、体育教員の柴田先生もあきれていた。そりゃそうだ。教員の宿泊室に泊まるなんて、「懲罰」以外ありえない。だいたい、一部屋当たりの宿泊の人員を変更したら、ホテル側にも迷惑がかかる。

 だが、俺は粘った。食い下がった。


「あの部屋に戻るぐらいなら、冬眠したヒグマの隣で寝るほうがましですっ」

 俺がそう言い切ると、しぶしぶホテル側にかけあってくれた。


 ちなみに、蒲生は心神喪失状態で、茶道部が点てた濃茶を飲まされていた。

 そのそばで、科長がホテル側に部屋変更を申し出てくれたのだが。


「……まぁ。あの部屋、ですからねぇ。仕方ありませんよ」


 内線電話から聞こえてきたのは、そんな言葉だった。


 ナニカガイル。

 そう、確信した修学旅行の宿泊先だった……。

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