第127話 宿泊ホテル4

「なんで、そんな話をいましたんだっ」


 俺が怒鳴ると、蒲生がもうが悲鳴を上げたのち、「フロント、フロント、フロント、フロント」と念仏のように唱えながら固定電話にすがりつく。


「だって、おれだけ、この話思い出して怖いなんて、理不尽じゃないか!」

 茶道部は俺を怒鳴りつけると、「鍵、よしっ」と施錠を確認して室内に取って返す。


「おれは、とりあえず、服を着るっ」


「初日からずっと思ってたが、いつも服を着ていろ、お前はっ」

 喚く俺の声を切り裂くように、蒲生が「ひぃぃぃぃ」と叫ぶ。


「「どうしたっ!?」」

 俺と茶道部が同時に尋ねる。


「電話が通じないぃぃぃ」

 薄闇の中、蒲生が受話器を握りしめて震えている。

 俺と茶道部は目を見合わせた。


「閉じ込められた……」

 呟く俺の声に、弾かれたように茶道部が震える。裸だからじゃない。慄いたようだ。


「帰ってきたとき、この部屋、電気ついてたよな……っ」

 言われて、俺と蒲生はおそるおそる、うなずいた。


 班長である俺が、電気を切り、施錠して出たのに、夕飯から戻って開錠すると。


 部屋の電気はついていた。

 三人で顔を見合わせ、「まただよ」と、ぶつぶつ文句を言っていたのだが……。


「まさか」

 茶道部は、ベッドに仁王立ちになり、周囲を見回す。


「すでに、侵入してるんじゃないよな!? 殺人鬼っ!!」


「いやあああああっ」

 蒲生が叫ぶ。


「やめろ、茶道部! それ以上変な妄想をしたら、もろ手突きをくらわすぞっ」


 がつり、と何かが左からあたってきた、とおもったら、蒲生が俺にしがみついてくる。押し返そうとしたが、爪まで立てて張り付いた。


「今、気づいたあああああっ」

 蒲生が叫ぶから、「うるさいっ」としかりつける。だが、がたがた震えながら、蒲生は「あれ、あれ、あれ、あれ」と何かを凝視しながら繰り返すばかりだ。


「あれってなんだよっ」

 茶道部が、とりあえず体操服の長ズボンだけ履いて、蒲生に尋ねた。

 だから、なんで、お前は『下』しか穿かないんだっ。


「僕、結構他の部屋をウロウロ見て回ってたんだよ」

「離れろ、蒲生っ」


「同じクラスのやつとか、他科の部屋のぞいたりして、お菓子とかもらってたんだけど……」

「よその部屋でなにしてんだ、お前は」


 茶道部があきれ、俺も同意したが、そんなことはどうでもいい、とばかりに蒲生が首を横に振る。


「室内に、画が飾ってあるのって、うちだけだった」

「「画?」」


 俺と茶道部は同時に尋ね、それから。

 なんとなく。

 窓と対面している壁に目をやる。


 もちろん、うすぼんやりとしているから、画など見えない。

 ただ、墨色の視界の中で、艶めく額だけが、はっきりとした光沢を放っていた。


「……あの、画が……。なに」

 俺は視線を蒲生に戻す。こいつはまだ、俺から離れない。


「知らないのか、織田。ホテルとかで画が飾ってあったら、それは不吉な証拠なんだぞ!」


「なんだそれ」

 唾を飛ばす蒲生から顔を背け、俺は茶道部に目をやる。奴も同意すると思ったのだが。


「……知ってる、それ……」

 視線の先で、茶道部は頭を抱えていた。


「幽霊が出る部屋だとしても、目に見えるところにお札が貼れないだろ? だから、画を飾って、その額縁の裏にお札を貼るんだよ!」

 蒲生は素っ頓狂な声を上げた。


「電気系統の故障って、幽霊のせいなんじゃないの!? やっぱり怪奇現象なんだよっ」


「落ち着けよ、蒲生。あと、いい加減、離れろっ」

 俺は蒲生の顎に掌底をくらわして引きはがすと、大きなため息をつく。


「茶道部は、裸で過ごす癖があるし、お前は抱き着き癖があるし……」


「ないよ! 僕、抱き着き癖なんてっ」

 心外だ、とばかりに蒲生が言うから、鼻で嗤ってやる。


「毎晩、トイレに行った後、間違って俺のベッドに入ってくるんだよ、お前。それで抱き着いてくるから、すぐに蹴飛ばして床に落としてたんだ」


 そしたら、のっそりと起き上がる気配があり、みしりみしり、と足音がする。眠いから確認はしないが、朝、目を覚ましたら蒲生はいつも自分のベッドで寝ているから、寝ぼけやがって、こいつ、と腹ただしく思っていたのだ。


「僕、夜中にトイレなんて行かないよ……」

 蒲生が小声で言う。


「嘘つけ。毎晩、行くだろ、お前」

 なぁ、と俺は茶道部を見る。

 だが。


「蒲生も、おれも、夜中にトイレになんて行かないぞ……」

 茶道部も囁いた。


「なんだよ、それ。行ってるだろ」

 俺は眉根を寄せる。


「水洗流す音とか、ウォシュレット使う音とか聞こえて……。お前、間違って俺のベッドに来るじゃないか」


「それ、ちゃんと見たのか?」

 茶道部が震える声で俺に言う。


「いや、見てないけど……」

 俺はひるんだ。確かに。夢うつつで、音だけを耳が拾っていたにすぎない。


「だけど、抱き着いてきた感じは、茶道部じゃない。もっと小さくて……。だから、俺、蒲生だと……」


「言うつもりはなかったけどな、織田……」

 茶道部が間近に顔を寄せる。


「お前、毎晩すごくうなされててさ……。スキーが嫌なんだ、って勝手に思ってたけど……。それ、お前……」

 ごくり、と俺は息をのむ。茶道部は真剣に俺を見て、そして尋ねた。


「いったい、誰がベッドにもぐりこんでたんだ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る