第126話 宿泊ホテル3

「……別に俺は……」

 そもそも、今川とは付き合ってないんだ、と言いかけたとき、派手な音を立てて部屋の電気そのものが落ちた。


「……停電?」

 真っ暗になった部屋で、不安そうな蒲生がもうの声が聞こえる。


「いや、これまた……。うちの部屋だけなんじゃないか?」

 茶道部がめんどくさそうに唸る。


「なんでこんなに落ちるんだろ。配電盤、見てみる?」

「いや、それはホテルの仕事だろ」


 蒲生の提案に俺はあきれた。闇に眼が慣れてきたのか、だんだんと互いの表情ぐらいはぼんやりとわかるようになる。耳を澄ますと、廊下を行き来している足音が聞こえるが、「停電だ」と騒ぐような声は聞こえない。


「外、どうなんだろうな」

 俺は立ち上がり、すり足で扉に近づいた。真っ暗だから、ほとんど手探りだ。自分のスーツケースを蹴飛ばさないように慎重に近づき、T字バーになっている銀色の取っ手を掴んで、下に押す。


「……ん?」

 思わずつぶやき、顔をT字バーに近づけた。特に、ひっかかりや障害物は見えない。

 だが。


「……開かない、んだけど」

 俺は振り返り、闇に沈んだ部屋の中にいる、蒲生と茶道部に声をかけた。


「そんなわけないだろ。鍵は『退室』以外は、開けておけ、って言われてるじゃん」

 茶道部が笑う。


 そう。教員が定期的に見回りに来るため、施錠はするな、と言われている。

 俺たちに、プライバシーはない。

 ちなみに、女子は別棟で、そちらは逆に『施錠をしろ』としつこいぐらいに言われているそうだ。

 男子たちの部屋は「在室時は常に開錠」なので、貴重品は室内の金庫に入れ、鍵はフロントに預けろ、と指示されている。


「間違って、誰か鍵かけた?」

 蒲生が近づいてきて、いぶかし気に尋ねるが、俺も茶道部も返事をしない。


 鍵など、かけていないからだ。


 蒲生が俺に代わってドアノブを下に押すが、やはり動かない。

 目を近づけて、「開錠」を確認し、再度開けようとするが。


「……なんで開かないんだよ」

 不思議そうに、ドアに話しかけている。


「扉の向こうで、誰かがいたずらしてる、とか?」

 気づけば茶道部も近づいてきていて、俺と蒲生の間に割って入り、いきなり、どんどんと扉をたたき始める。


「おい」

 思わず制止するが、茶道部は人差し指を立てて口唇に押し当て、「しい」と言う。


 三人で耳をそばだてるが。

 扉の向こうからは、何も聞こえない。


 もし、冗談で誰かが扉を押さえているのなら、忍び笑いや更なる悪戯でもしかけてきそうなものだが。


 特に、なんの変化もない。


「……本当に、電気系統の故障なのか?」

 思わずそんなことを尋ねたが、誰も答えられない。


「フロントに、電話してみるよ」

 代わりに蒲生が、そう提案した。薄闇の中を、両手を突き出して枕頭台に置かれた電話機まで進む。


「……こんな時になんだけどさ。おれ、一つ思い出した話があるんだけど」

 茶道部が、ぼそり、とつぶやく。


「何を?」

 俺は問い、「電話、電話」と言っていた蒲生も足を止めたようだ。


「その……。ある、アパートの部屋さ、突然、電気がおかしくなったんだって。照明が点いたり、消えたり……。で、管理人に問い合わせても、故障はなくってさ」


「何の話だ……」

 俺の声を無視し、茶道部は続ける。


「なんで、こんなに電気が変なんだろう、って思ってたその住人の女の人。結局、殺されたんだよな」


「……誰に……」

 ごくり、と蒲生が唾を飲み込む。


「その住人を見かけて、目をつけた犯罪者に。そいつ、アパートの配電盤にいたずらして、電気をつけたり、落としたりして、住人の人を怖がらせて……。それで」

 茶道部はそこで、話をためる。


「部屋を真っ暗にしておいてから、押し入って、殺したらしい」


 暗い室内の中、再び、凍り付いたような沈黙が訪れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る