第125話 宿泊ホテル2

「映って、それで、なんかあったのか?」 

 茶道部がようやくパンツを穿きながら俺をみやる。蒲生がもうも、最早テレビを観ていない。代わりに、俺の顔を心配げに見ている。


「別に、今川と付き合っているわけじゃ、ないんだけど」

 俺は念押しをして、それから、わしわしと自分の髪をかき回した。実際、本当に『付き合って』いるわけじゃない。


 だが。

 ああやって、テレビに映った姿を見た『第三者』は、また違う感想を抱くらしい。


 それまでの、俺と今川といえば。


 一週間に何回かメールで連絡をして、二ヶ月に一回程度、『今川が好きそうな映画』を一緒に観るぐらいの仲なんだが。


『ごめんね。ちょっと、今、電話できなくて……』


 今川が申し訳なさそうにそう言って通話を切り始め、映画に誘うと、『ちょっと、お母さんが……』とメールで断り始めた。


 その後も、いろいろ愚痴のような、言い訳めいたようなメールが断片的に届く。


 総合すると。

 今川のご両親が、俺との仲をあまり良く思っていないらしい。


 今川自身は、はっきり言わなかったが、なんとなくそう察して。


 以降、会ってない。


 メールでのやりとりは今でも続けているが、電話はNGっぽいので、かけていないし、向こうからもかかってこない。


 去年は偶然、初詣で出会ったが、今年は会わなかった。


 どのあたりの線引きが、向こうの親御さんが考える「迷惑」なのかがわからず、今川から来たメールにだけ返信することが続いている。


『テストが近いね』と送られれば『そうだな』と返し、『クリスマスにも模試(笑)』とくれば、『お疲れさん』と送信。


 最近だと、『今年もよろしくねー』と送られてきたが。


 なんだか、返信できない自分がいた。


 今年もよろしく。

 そう返信してもいいんだろうか。


 なんて返信するのが一番なんだろう。

 そう悩み続けたまま。

 携帯を家に置いて、修学旅行に参加した。


「結局さ、俺達って高卒なわけよ」

 茶道部がベッドヘッドに置いたペットボトルに手を伸ばし、呷った。


「普通科の奴らって、『大学』だの『短大』だの『専門学校』に進学するんだよな。『大学院』とか。そしたら、ひとによるんだろうけど、保護者のハードルがめちゃくちゃ上がるんだよ」

 茶道部が顔をしかめ、蒲生が苦笑いする。


「うちの娘は、ものすごい婿を見つけてくるに違いない、って?」

 そうそう、と茶道部は笑う。


「それなのに、ひょい、とおれたちみたいなんが、現れてみろよ。あっちは、『変な虫がついた』って大騒ぎだ」

 茶道部は、まだ乾ききっていない髪を、犬のように振る。


「高卒なんて、昇進も給料形態も大卒と違うから、うちの娘の相手にふさわしくない、とか言うんだけどさ」

 茶道部は肩を竦める。


「俺達に来る求人、見てみろよ。地元とはいえ、その辺の大学卒業した程度じゃ、絶対入れない企業から求人来るんだぜ? おまけに、俺達には、まず、『借金』がない」


「ああ、学費ね」

 蒲生が頷く。茶道部が指を差し、「これ、大きいぞ」という。


「俺の先輩で、私立の理学療法学科に進学した人がいるんだけどさ、卒業までに八百万かかるらしい」


「「八百万!!」」

 俺と茶道部の声が揃う。


「なかには、それを奨学金でまかなってる人もいるんだろ? それに比べたら、俺達はまず、奨学金しゃっきんがない。成人しても、結婚しても、奨学金を払い続ける人の話、聞いたことあるぞ。


 しかも、お互いに奨学金を返済していたら、借金も倍、だ。それに比べれば、俺達は変に三流大学を出て入社するより、よっぽど良い条件で、一流、二流の企業に入れる。何しろ、未成年だから、ハロワも高校側も会社に対して目を光らせてくれるからな」


 茶道部はそう言ったものの、「だけどなぁ」と、ため息をついた。


「そんなの。普通校や進学校に入れた親は、わかんないもんなぁ」


「僕の知り合いで、〇校の女の子と付き合ってた男の子いたけど、向こうの親、出てきた」

 蒲生が、しょんぼりした顔で俺をみる。


「君とつり合った子と、付き合ってくれ、って。うちの娘は大学に進学するから、って」

 蒲生は「結局別れちゃった」と話を締めた。


「おれの知り合いも、別れたぞ。「お母さんに反対されたから」って、女の子に言われたらしい」

 茶道部はため息ついた。ちらり、と俺を見る。


「県立大、進学校だもんなぁ」

 茶道部がペットボトルの封を締めて、足元に放った。ぼすり、と音を立てた後。


 なんとなく。

 室内の雰囲気が重い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る