第124話 宿泊ホテル1
床に座り、荷物を整理していたら、茶道部が「電気―」と叫んだ。
俺と
「いいよ、俺がするから」
テレビを観ていた蒲生にそう言い、俺は立ち上がる。
歩いて数歩のユニットバスに近づくと、外付けの照明ボタンを、ばちん、と押した。途端に、磨りガラスの向こうに橙色の灯りが点る。
「すまんー」
シャワーの水音に混じって茶道部の声が聞こえるから、俺は「おうよ」と答えて、再び床に広げたスーツケースに近づいた。
「なんだろなー……。なんで、こんなに接触悪いんだろ」
蒲生がベッドに腰掛けたまま首を傾げる。俺も首を横に振った。
俺と蒲生、それから茶道部にあてがわれたこの三人部屋は、とにかく電気系統のトラブルが多い。
風呂に入っていたら、照明が消える。
眠っていたら、いきなりテレビがつく。
スケジュールをこなして部屋に戻ると、消灯したはずの電気がついたまま。
そんなことが、続いたまま、結局修学旅行という名の、スキー合宿最終日を迎えた。
「まさか、怪奇現象じゃないよね」
蒲生が苦笑いしながらそう言うが。
正直、笑えない。
班長会議で顔を合わせた機械科の伊達は、俺の顔を見るなり、「近づくな。塩をまけ」と言って逃げ去った。
――― ……そういえば、あいつ、部室にピカチュウがいる、とかなんとかいってたな
俺は荷物をまとめながら、気づけば顔をしかめている。
「電気、すまん」
がちゃり、とユニットバスの二つ折り扉が開く音がし、茶道部がバスタオルを頭に被ったまま姿を現す。
「パンツぐらい穿けよ」
蒲生が顔をしかめたが、茶道部は平気だ。真っ裸のまま、自分のベッドまで、のそのそ移動し、スーツケースからパンツを探り出している。
結局、こいつは三泊四日の間、ずっと、室内を真っ裸で過ごしていた。
屋外は、当然豪雪だが。
屋内は半袖でも暑いぐらいの温度に設定されている。真っ裸でも、そりゃあ、問題ない。
だが、しかし、何故パンイチで、過ごせるのか。他人の前で。
改めて、育ちって凄いと思う。
「それ、今川ちゃんへのお土産?」
ごそごそとスーツケースの中を整理していたら、茶道部に声をかけられた。ちらりと視線を向けると、髪をバスタオルで拭き上げながら、俺のスーツケース内を観ているようだ。
「いや、サクの」
まず、お前はパンツを穿け、と内心で思いながら、俺は手早く着替えの下にそれを押しやった。
『律兄ぃに。サクはね、これがいい』
姪のサクが、姉貴のスマホを使って伝えてきたのは、ホテルオリジナルのマグカップだった。
俺が修学旅行に行くのだ、と姉貴がサクに伝え、タブレットで宿泊先のホテルを見せたらしい。その時、恣意的なのか、それとも偶然なのか。サクは『ホテルオリジナル』商品を目にしたようだ。
その場で俺の携帯に電話をかけて、『サク、このマグカップが欲しい』と俺に伝えた。
……姪の頼みだ。
これは、買わねばなるまい。たとえ、その背後に姉の気配が見え隠れしていようとも。
俺は一日目の宿泊時に、早速マグカップを購入し、そのことをホテルの公衆電話からサクに伝えた。
「なんだ、姪っこちゃんにか」
茶道部は意外そうに目を見開き、その隣のベッドで蒲生が首を傾げている。
「今川ちゃんには買わないのか?」
蒲生は、俺と同じように冬服の体操服を着ている。というか、修学旅行の規定で、宿泊室内は『体操服』と決まっている。茶道部ぐらいのものだ、パンイチか裸で過ごしているのは。
「向こうからはお土産、もらったんだろ? 返さないと失礼だぞ」
フルチン男の茶道部に諭され、なんとなく俺は気分が悪い。
「いや、買ったとしても、渡せないから」
どことなく、ぶっきらぼうに答えてしまう。
「なんでだよ。つきあってんだろ?」
蒲生が素っ頓狂な声を上げるから、「つきあってない」と速攻答えた。俺は素早くスーツケースを閉じて、それから自分のベッドに戻る。
「ってか、夏以降、今川には会ってないから」
「「なんで!?」」
蒲生と茶道部が声を揃えて尋ねるから、俺は眉根を寄せる。
「ほら、あの……。ケーブルテレビに映っただろ。あれで……」
別に答えなくても良いことを答えたのは。
単純に。
胸の中に未だにわだかまりがあるからかも知れない。
あるいは、『付き合っている』と思われていることと、『現状』の乖離に嫌気がさしていたんだろう。正直、うんざりしていた。
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