夏休み(織田side)

第121話 地区予選5

◇◇◇◇


「どうしたの?」

 今川が興奮した顔つきのまま、俺に尋ねる。その前の席では、石田がいまだに、雄叫びを上げていた。


「いや、ケータイが……」

 俺は腰ポケットに入れていたスマホを引き出す。振動したのだ。


「姉貴からLINEだ……」


 呟いたものの、その声自体は周囲の歓声にかき消えた。

 グランドでは、黒工くろこうがホームランを打ち、二点追加。相手校に追いついたところだ。次の打者は同じクラスの野球部。応援してやりたい。


――― 一体、なんの用件だよ……。


 無視しようかとおもったが、サクの送迎のことだったら困る。

 急いで内容を確認しようと、視線を走らせ……。


 動きが止まった。


『隣に居るの、だれ?』

 姉貴からのメッセージは短い。あれ、と俺は周囲を見回した。どこかにいて、観ているのか。


「あ。私も、LINEだ……。なんだろ」

 今川も制服のスカートからスマホを取り出し、確認しながら首を傾げている。その後、俺と同じように周囲を見回した。「お姉ちゃん……?」。そんな風に呟いたように見える。


 俺が姉貴に返信しようか、それとも後回しにするか、と迷っていたら、すぐに次のメッセージが来た。


『ケーブルテレビに映ってる』


『あんたが内緒話みたいに話した途端、女の子の顔が真っ赤になってた』


『剣士たるもの、常在戦場。公衆の面前でいちゃつくな』


 読んだ途端。


「ぎゃああああああっ」

 立ち上がって思わず悲鳴を上げた。


 その俺の隣で、「いやああああああっ」。今川も叫び声を上げた。


♣♣♣♣


 その後が。

 最悪だった。


 本当に、最悪だった。


 運動部には、球場までの応援動員がかかったが、文化部は学校に待機して、ケーブルテレビの中継を観るよう、指示が出ていたらしい。


 まさか。

 地区予選がケーブルとはいえ、テレビ放送されているなんて知らなかった。


 おまけに、俺は言いたい……。

 声を大にして言いたい。


『高校野球地区予選放送』なら、グランドだけ映してろ! 

 熱戦を繰り広げる野球部員をカメラで追え! 

 白球を狙え! 

 球児の汗と涙を伝えやがれ!


 ……なんで。

 なんで、観客席を映すんだ……。


 俺と今川が映った途端、校舎内のテレビ前では、大騒ぎになったらしい。


『なにやってんだ、あいつ』と茶道部は笑い、クラスメイトの奴らは、『剣道部め、いちゃつきやがってぇぇえ』と、怨嗟の声を漏らしたという。


 だが、なにもそれは、俺側だけではなかった。

 今川側も、だ。


 あちらは、さすがに同じ学校の生徒は観てなかったようだが、お姉さんと、一部の親戚から連絡が来たらしい……。


『どんな映像だったの!?』

 黒工くろこうが逆転をして大騒ぎをしている観客席で、今川は真っ青になって立ち尽くす。俺も顔を手で覆った。


 そこに。

 一枚の画像が送られてきた。


 蒲生がもうからだ。


 俺と今川がテレビに映った瞬間、素早くスマホで撮ったらしい。


 そこには。

 俺が今川の耳に口を寄せて何か言う横顔と。

 真っ赤になって目を潤ませている今川が映っていた……。


『何を言って彼女を照れさせたのか、非常に興味があるな』


 その後の島津先輩からのLINEを読み。

 俺と今川は、頭を抱えてその場に踞った……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る