第120話 地区予選4

なんだろう。嘘? どんなのかな……。


『俺には不良の知り合いがいっぱいいる。これ以上、しつこくつきまとうなら呼ぶぞ』だろうか。


『俺のお父さんは警察官だぞ。今から呼ぶからな』だろうか。


「どんな?」

 尋ねると、渋い顔のままグランドを眺めている。ブラバンは『ジョイフル』を演奏しはじめた。アップテンポで結構な音量だ。にゃんは、相変わらずそっぽを向いてぼそぼそと言う。


「なに?!」

 私は耳の後ろに手を当てて、にゃんを見る。


 にゃんは、むっとした表情で一瞬口をつぐんだけど。

 結局、自分の掌で口を囲って、私に体を寄せた。


「俺のカノジョが怖がってるんですけど、なにか御用ですか、って言ったんだ」

 低くて、平坦で、ぶっきらぼうな調子のにゃんの声。


 口元を囲って話しているから、声がこもる。

 ぼわん、と。

 耳の周りに漂った『声』は。

 ふわり、と脳を揺らした気がした。


『俺のカノジョが怖がってるんですけど、なにか御用ですか』


 勝手に頭の中で、にゃんの声がリピートされ、おまけに『俺のカノジョ』という部分に妙に反応する自分が居る。


――― 『俺のカノジョ』……


 心の中で繰り返して。

 気づけば。

 真っ赤になって硬直していて。


「今川っ!?」

「ひゃああ! う、うん! 嘘ね!?」


 微動だにしなかったからか、それとも真っ赤になって汗をダラダラたらし始めたからか。

 にゃんが心配したように私の顔を下からのぞき込む。


「大丈夫か?」

「う、ううううう、嘘ね。うん、嘘も方便ね」


 がくがくがくがくがくがくがく、と首を縦に振った。

 それから、真っ赤になった顔のまま、にゃんを見上げる。


「つ、つきあってないもんね、私達」

 にゃんは少し怯んだような顔をして、「まぁ、うん」と頷く。

 同時に。


「よっしゃー―――っ」

 石田君がいきなり立ち上がり、腕を振り回した。


 数秒遅れてほとんどの生徒が立ち上がって両腕を空に突き出す。井伊さんも「きゃあああ」と叫んでいた。


 黒工くろこうの打者が、ホームランを打ったのだ。


 私とにゃんも顔を見合わせ、それから意味も無く「おおおおおおおっ」と声を上げた。


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