三学期 修学旅行 (1月)
第122話 空港
※ この作品では、キャラクターが標準語で会話をしていますが、実際のモデル高校は関西にあります。
ですので、本来のこの子達は、関西弁(
今回は、内容の都合上、『二年生三学期修学旅行編 空港』においてのみ、『関西弁』でのお送りとなりますのであらかじめご了承下さい ※
♣♣♣♣
「剣道部、剣道部!」
野球部が俺の肩を掴んで揺さぶるから、何事かと顔を向ける。キャスター付きのスーツケースを曳きながら、野球部は嬉しそうに顎で前方をしゃくった。
「関東の女子や」
言われてみやると。
数メートル先には、なんだか芸能人のような制服を着た女子生徒がたくさん集まっていた。
たぶん、あちらも修学旅行なのだろう。
こちらは羽田で乗り換えのために、こうやってロビーで整列しているが、あちらは今からどこかに『出発』のようだ。耳につく甲高い声で笑いあい、時折こっちを見ては、小声で何か言っている。
――― ……感じ悪いな……
正直、俺はそう思った。なんだか値踏みしているようなその視線に、いらっ、と来る。
「スカート、スカート」
「ほんまに、短いんやな」
野球部がにやにや笑いながら俺に言う。
「スカート……、な」
呟いて改めて見やると。
……まぁ、確かに短い。
膝上何センチに、あれ、裾があるんだ。
「寒くないんかな」
茶道部が眉根を寄せて見やる。なにしろ、俺たちは学ランの下に、目いっぱい着込んでいるのだ。セーターに極暖に、貼るカイロに、と。それでも、屋外は寒いな、と言い合っていたのに。
「やっぱ、関東の子は寒さに強いんやろう」
俺が言うと、茶道部は「そうなんやろうなぁ」と頷いた。野球部など、頭が丸坊主だから、さらに寒い、と言っていた。
「テレビとかでは制服のスカート短い子を、よう見るけど。ほんまもん、初めて見た」
「ほんまやな」
野球部と蒲生は大興奮だ。
なにも、やつら二人だけじゃない。
俺たちの後ろで列を作っている機械科の奴らもガン見だ。
その、俺たちの視線の先で。
スカート丈のやけに短い制服女子の集団は、きゃっきゃと笑い、その中のひとりが俺たちに背を向けて、誰かを手招いた。
「……おい、列を崩したらあかんぞ」
なんだか不穏な気配に、俺が野球部に声をかけたときだ。
「お前ら、調子に乗んなよ」
野太い声が響いてきて、ぎょっとした。
スカート丈のやけに短い制服女子の集団を割るように、数人のブレザーを着た男子生徒が出てくる。
随分と制服を着崩した奴らだ。
ブレザーの前ボタンは留めていないし、ネクタイなんて、緩みっぱなし。スラックスは腰までずり落ち、シャツはだらしなく出ている。
「……あれで、服装検査とおるんか……」
思わず蒲生がつぶやいた。
「修学旅行、連れて行ってもらえるんやなぁ、あんなんでも」
俺も思わずそう言ってしまった。
その小声のやりとりが、奴らを冗長させたのかもしれない。
「女子が怖がってんだろうがっ! こっち、見んなよ!」
ブレザー男子がはすかいに俺たちを睨んでそう怒鳴るから、おどろいた。
え。怖がってたんか、と。
だが、野球部は違ったらしい。
「はぁ? お前、なに言うてんねん、この、ぼけが、おい。誰がお前を見たんや、こら、ダボが」
低くうなって前に出ようとする。俺は慌てて「おい」と声をかけたのだが、俺の左わきから、今度は茶道部が進み出た。
「なんや、その物言い。
おい。誰に対しても、そういう態度なんか?
ああ? 違うやろ。あきらか、俺らだけに、そんな言い方したやろ。
おい、カス。カスっ。お前や! 自分のことやっ! ほかに誰がおる、おもてんねん、カス! お前やろうがよ、こんの、カスがっ!!」
茶道部が執拗にブレザー男子の一人を指さして、「カス」と言い続ける。だが、残念なことに、茶道部が攻撃対象に選んだのは、発言していない男子だった。こいつ、目が悪いからな……。
相変わらず、瞬間湯沸かし器的に怒りが沸いて、怒鳴ってるだけなんだろう。
「もっぺん、言うてみぃ、おい。なんやて?」
野球部が俺の手を振り払って前に進み出る。
どうやら、相手校は、女子も含めて初めて関西弁を初めて聞いたらしい。
しかも。
野球部も茶道部もかなりの巻き舌だ。どすも効いている。
ひどく、狼狽えているようだ。
女子たちはうつむいて俺たちから目をそらし、誰一人しゃべろうとしない。さすがに男子は逃げはしないが、戸惑っているのは明らかだ。
「こっち、見んな、って言ってんだよっ」
それでも、女子の手前、ブレザー男子たちも逃げられない。そう言い返した途端。
茶道部と野球部が爆笑した。
「『言ってんだよ』、やって。へたれかい、おい」
「なんや、迫力あらへんな」
げらげらと笑うものだから、顔を紅潮させてブレザー男子が、「おいっ」と再度怒鳴った。
拍子に。
「なんや、おら。やる、ちゅうんかい、カスが。来いや、おら。来いや」
「こん、だぼが。いてもうたるぞ、おい。出てこいや。頭かちわったろかい」
野球部と茶道部が威嚇する、威嚇する。見下ろすようににらみつけ、吐き捨てるもんだから、蒲生と俺で必死に制止する。
「やめぇや、騒ぎを起こすな」「ややこしいなぁ、もう。アホは、放っとけよ」
なだめすかせていたのだが、俺たちの後列にいる機械科が調子に乗った。
「ええやんけ。やろうや、おい」
「いてまえ、いてまえ! 二度と
囃し立て、指笛だの手拍子だのをはじめたものだから、手に負えない。
いきりたった茶道部と野球部が、真剣に拳を握りしめた瞬間。
「列を乱すなっ! 何をしているっ!」
藤原先生の叱責が飛んだ。
途端に、俺たちは整列を行う。
「前へならえっ」
科長の指示に、動きを揃えて両手を前に突き出す。ちなみに、「前へならえ」の、指の先は耳の高さだ。
「今からカウンターに向かうっ! 全員、進めっ」
俺たちは返事をし、それから、『集団行動』ばりに両手を振って行進をはじめた。
やれやれ、ケンカせずにすんだ、とほっと息をついたものの。
野球部と茶道部は、気持ちがおさまらないらしい。通り過ぎざま、ブレザー男子たちに、
「お前ら、今度会うたら、しばきたおすからなっ」
「女子のスカート丈、長おにしとけっ、ボケがっ」
そうすごむのを忘れなかった。
ただ。
あれだけ罵詈雑言を吐き散らしたというのに。
唯々諾々と先生の指示に素直に従う俺たちが、よほど不思議だったのか。
ブレザー男子たちと、かしましい女子たちは、ぽかん、と一糸乱れぬ俺たちの行進を眺めていた。
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