第108話 緊急通報2
「え。お姉ちゃん、知らない? にゃん」
「なに、痛いアイドルの語尾みたいなこと言ってんのよ。なにそれ」
「私の友達。小学校から中学校まで一緒だから、お姉ちゃんも知ってるよ」
「はぁ?」
首をかしげて思い浮かべるが、そもそも、あの子に友達なんて、いたっけ。
とにかく、昔から人づきあいが苦手な子だった。
いや、男の子連中とはうまくやっていた覚えがある。問題は、『女子』だ。
暗黙のルールというか、女子独特の雰囲気になじめないところがあった。
傍で見ていて、「あーあ、黙っておきゃいいのに」と思うようなことを、はっきり言ったり、「あーあ。次、狙われるぞー」と思うのに、からかわれている子をかばったり。
「私、ばかだからー」で、通せばいいのに、まじめに勉強して、周囲から浮いてみたり。
それなのに、なんとか女子グループに入ろうと、一生懸命空回りしているのを見ていたから。
――― あの子が、「友達」って、私に言うような子、いたっけ
思い浮かぶのは、二人ほどだ。
だけど、こんな緊急事態に呼ぶかな、
「
「織田、律ちゃん……?」
聞いたことないな、と眉間にしわを寄せたら、流花に笑われた。
「にゃんは、男だよ。織田律君」
「待てぇい! あんた、その男が今度は大丈夫なの!?」
思わず怒鳴るが、きょとんと「え。にゃんだよ?」と訳の分からない返事が来る。
「ニャンだか、ワンだか知らないけど! 今度はそいつが襲い掛かったらどうすんのよっ」
全く、ぽやぽやした妹だ。勉強しかしてこなかったから、危機管理能力が育っていない。
私は玄関を蹴破り、バックを肩にかけて車の鍵を握ったままポーチに出る。
「とにかく、その場でじっとして! お姉ちゃんが車で迎えに行くからっ」
そう言って、玄関を施錠しようとしたら。
「もう、家の前についた」
スマホからの声に、驚いて振り返る。
二○時を過ぎているからか、だいぶん闇が濃い。門扉のところに人影が見えるのは分かったが、詳細までは見えず、私は目を凝らしながらポーチから離れた。
スマホを切り、庭の芝生を歩く。お母さんの趣味であるイングリッシュガーデン風の植え込みを横切り、これまた、お母さんの趣味のかわいらしい白の門扉に近づいた。まったく、ドリーミーな家だ。
「こんばんは」
目が合うと、その高校生は私に頭を下げる。「どーも」。私はぞんざいに返しながら、それでも用心深くそいつを見た。
ってか、でかい。
いや、うちの流花が小さいのか。がっしりとした上背で、短く切りそろえた髪は染めるでもなく、真っ黒だ。真面目そうな外見や、整った顔をしているけれど、そんな外見に騙される
だが。
つい、噴出しそうになった。
というのも。
こいつ、完璧に部屋着なのだ。
襟元のゆるんだ、プリントはげはげの長袖Tシャツに、膝が出ていそうなジャージ。足に履いているのもずいぶん古びたスニーカーだ。
近くに寄ってみるまで分からなかったが、額には汗が浮いているし、なんだか肌寒いぐらいなのに、長袖Tシャツを腕まくりして、随分暑そうだ。
「織田君、お家の地区どこ?」
尋ねると、歯切れのいい声で教えてくれた。
今度こそ私は笑う。
郵便局前のコンビニからは、結構な距離だ。
だけど。
こいつはたぶん、流花からの電話を受けて、部屋着のまま、家から飛び出して、必死に走ってきたに違いない。
汗だくになりながら。
流花を、迎えに行くために。
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