第106話 新入生歓迎会2
駆け足で綱の場所に行く途中、一年生男子は、茶道部に言われたとおり、果敢に三年生に声をかけていた。三年生も笑って応じてくれている。えらいぞ、一年生。
「綱を持つ順番はどうします?」
茶道部が三年生に尋ねる。三年生は、互いに顔を見合わせた。
「さっき通り、学年順だな。一年生から順番に綱を持て」
言われて、井伊が先頭。次に一年生男子。俺、茶道部、野球部、そして三年生四人が綱の側に並んでしゃがんだ。
「おいおい。先頭は随分可愛い子じゃねぇか」
途端に正面から大声が飛んできた。
顔を上げると、緑色の体操服の男が井伊を眺めている。緑だから三年生か。毛利先輩並みに体がでかい。
「吹っ飛んでこっち来んなよ、おい」
「しっかり、支えられんのか、おおおおぅ!?」
いきなり罵声を浴びせられ、井伊が飛び上がって俺の所に逃げてくる。
「ちゃんと座ってろっ」
俺が叱りつけるが、こちらの三年生も負けちゃいない。
「うちの一年になにしやがんだ、おらっ!」
「手前のぶっさいくな顔に怯えただろうがッ」
言い合いを始めた隙に、取りあえず一年生男子を先頭にし、井伊をその後ろに組み替える。
「お前、なんで工業高校に来たんだっ」
思わず井伊の背中に怒鳴りつけると、井伊が泣きそうな顔で振り返る。
「オープンハイスクールでは、みんな楽しそうで真面目そうだったんです……」
「あれは、作りもんだ、馬鹿野郎っ。欺されるなっ」
「それに、石田先輩いるし……」
「だったら、溶接にいけっ」
怒鳴りつけた途端、審判係りの先生が、「綱を持て―」と気のない声を発した。
俺達は一斉に綱を握り、構える。
その間も、相手チームの野次がすごい。
「吹っ飛ばしてやるぜ!」
「おお、野球部が二人もいるじゃねぇか。甲子園目指すんなら、ほどほどにしとけよ。怪我するぜ!」
それに対して、後ろから三年生が負けずに声を張り上げる。なにしろ、下級生が上級生に刃向かう訳にはいかないから、ほぼ、三年生同士のディスり合いだ。
「ドラフト装置の排気口をお前んところに向けるからな、ごらぁ!」
「米いらねぇだろ、その体! 痩せろ、デブがぁぁぁっ」
そして、一瞬だけ、悪口合戦が停止する。
それを見計らい、先生が「はじめ」と告げた。
「そおおおおれえええええいっ!」
俺達は声を揃えて、一気に綱を引いた。ぎちり、と綱が軋む。
俺の前の井伊だけがほぼ、棒立ちだが、あとは姿勢を低くして息があった。一年生男子が、結構うまい。井伊は剣道だけではなく、ここでもへっぽこだが。
「顔が見えてる奴、いるじゃねえか!」
「へたくそ! こりゃあ、勝ったな!」
相手チームに喚かれて、井伊は慌てて中腰になる。「真面目にやれっ」と綱を引く合間に俺が怒鳴ると、「やってますう」と情けない声を上げられた。
井伊は役立たずだが。
ぎちり、ぎちり、と綱は徐々にこちらの陣地に引き込んでいた。誰もが勝ちを確信したときだ。
「織田ぁぁっ!」
いきなり島津先輩の声が響いてきて、ぎょっとした。
対戦チームを見遣ると、後ろから二番目ぐらいにいる。眼鏡を光らせ、にやりと笑った。
「今川ちゃんという県立大付属の可愛いカノジョがいながら、ここでも下級生女子を侍らせているのか、お前っ」
「はあああ!? 何言ってんだ、あんた」
俺は声を上げたが、そんな声は瞬殺される。
「カノジョ持ちが居るだあああああ!?」
「県立大付属!? かわいい!?」
「こっち来い! その面、カノジョがびびるぐらい、殴ってやるっ」
「織田はどれだっ!」
島津先輩の声に、途端に、敵チームが息を吹き返す。すごい勢いで綱を引き戻し始めた。
「織田、何やってんだっ」
「織田ってどれだっ。二年かっ」
「お前、いい加減にしろっ」
仲間内からも野次を飛ばされ、あんの、クソ野郎と俺は島津先輩を睨み付ける。
その間も、綱はじりじりと敵チームに引っ張られ、俺達は必死に防戦一方だ。
「お前等、カノジョもいねぇ奴らに負けんじゃねえ!」
「あっちに負けると、一生カノジョができねぇぞ!?」
自陣の先輩が怒鳴るが、綱が引き戻らない。軋みながらも、手からずるりと滑り出しそうな気がする。
おまけに。
対戦チームの目が怖い。レーザーでも出てるんじゃないか、というぐらい俺を睨んでいる。
「カノジョ持ちのふざけた野郎になんか、負けるかっ」
「引きずり出して殺してやるっ」
「どの面さげて、クロコウに来やがったっ」
敵チームが怒鳴り、こちらの先輩も応じる。
「そんな見下げた根性だからカノジョが出来ねぇんだっ」
「お前ん家、鏡ねぇのかよ! 一回自分のツラを見やがれっ」
だが、ゆっくりと綱は向こうに持って行かれ、中央につけられた旗が倒れるのも時間の問題に思えた。
「うるせぇ! クロコウに女がいねぇからカノジョができねぇだけなんだっ」
「織田だって、他校のカノジョじゃねえかっ」
「顔の問題じゃねえ!」
敵チームが怒鳴り返したときだ。
「顔も、態度も問題があるから、カノジョが出来ないんだと思いますぅ」
絶妙なタイミングで井伊が呟き、「ひぃ、怖い」と涙ぐんだ。
途端に。
敵チームが動きを止める。
一応女子である井伊の暴言に衝撃を受けたのか、唖然と棒立ちになり、その間に、綱が緩む。
「わわわわわわわっ!」
急に力を抜かれたからだろう。俺達は後ろにひっくり返る状態で転倒する。同時に、旗も俺達側に倒れたらしい。
「Fチームの勝ちぃ」
審判の先生が、のんびりとした声を上げ、俺達はめでたく決勝に駒を進めた。
その後。
惜しくも決勝で負けた俺達が手にした商品は。
ポテトチップスの詰め合わせだった。
ちなみに、俺達と対戦したLチームは試合終了後、井伊のところにやって来て、「脅かしてご免ね」「怖かった?」と謝ってくれた。井伊は真っ赤になって、「こちらこそ、失礼なことを……」と謝り倒していたが。
島津先輩は俺の所に謝りに来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます