第104話 持ち物検査2
教室の生徒達もざわめきだしたが、「静かにっ」と科長が指示を出すから、また口を閉じる。そのせいで、携帯探知機の「ミー――――」が、やけに耳についた。
「壊れたのかな……。先生、プラスドライバー持ってますか?」
ぱちん、と電源を一度落とし、科長は藤原先生に尋ねる。藤原先生は苦笑して肩を竦めた。
「自分は、専科ではなく、英語の教員ですから」
それもそうか、と科長は頷いた。機械科などは工具を入れた腰ベルトを巻いた先生がウロウロしているが、英語の藤原先生がドライバーを持っているわけがない。
科長は俺達を見回し、誰か持っているのか、と聞きたかったようだが、残念だがここは「工業化学科」だ。持っているはずがない。
「ちょっと、探してきますね」
藤原先生は足早に教室を出て行く。科長はその背中を見送った後、改めて俺達を見回した。
「工具箱ぐらい、各教室にひとつずつ、置いておかんといかんな」
誰にともなく呟くが、そんなにいるだろうか、工具箱。
「科長、すいません」
しばらくすると、足音が近づいてきて、がらりと扉を開く。藤原先生が顔だけ覗かせて、科長を手招いた。
「どうしました」
科長が目をしばたかせるが、「すいません。ちょっと、どれかわからなくて」と藤原先生が苦笑いする。
科長はため息をつき、教卓から離れて廊下に近づいた。
携帯探知機を、置いて。
「プラスドライバーですよ」
科長が廊下に出た途端、一番扉に近かった生徒が腕を伸ばし、素早く扉を閉める。
「抑えてろよっ」
小声で空手部が指示を飛ばし、扉を閉めた生徒が力強く頷く。
「壊そうっ!」
野球部が立ち上がる。「はぁ!?」。
「どうせ、壊れてるんだ。完膚なきまでに壊せっ」
教室中の生徒が「そうだっ」と同意した。俺達は今、入学以来初めて一致団結した。
野球部が携帯探知機を掴み、教卓の角に打ち付ける。
かなり派手な音が鳴ったのだが。
「教卓が壊れたっ」
「素材はなんなんだ、それのっ! チタンかよっ」
茶道部が悲鳴を上げるが、今はそんなことにとらわれている場合では無い。
「野球部っ」
机の上に立ち、手を上げたのはハンドボール部だ。野球部は手早く彼に携帯探知機を投げた。
「うりゃああっ」
ハンドボール部は机の上から思い切り床に携帯探知機をたたきつけたのだが。
「床が凹んだっ!」
「隠せ、隠せっ! へこみを隠せっ」
周囲の生徒が騒然とする。
俺は立ち上がり、教室後方にある掃除用具入れに駆け寄った。中からモップを取り出し、柄を掴む。
「たたき割ってやる」
床に、ずん、と寝そべる携帯探知機に向かい、俺はモップの柄を打ち付けた。だが。
「折れたっ!」
「馬鹿っ、剣道部っ! モップを戻せっ! 破片が散ったっ!」
俺が周囲の木っ端をかき集めていると、他の生徒がモップを片付けてくれる。
「爆破っ! もう、爆破しかないっ! 化学実習室に行ってくるっ」
蒲生がとち狂ったことを叫ぶが、その語尾を、「まずいっ。扉が開きそうっ」という生徒の声が被さる。
バスケ部が床に落ちたままの携帯探知機を素早く取り上げ、野球部に投げる。野球部はスマートにキャッチすると、教卓に置いて自席に座った。俺も木っ端を握りしめたまま、何食わぬ顔で椅子に座る。
同時に、扉が開いた。
「この扉も建て付けがわるいですな、藤原先生」
「またあとで、見ておきます」
藤原先生はそう言い、科長と共に教卓に向かった。
「どこが悪いんでしょうなぁ」
科長はプラスドライバーで、黒い箱の四隅にあるネジをゆるめる。ぱかり、と音を立てて外し、中を覗いた。
「科長、どこが悪いんですか?」
藤原先生も中をのぞき込んで尋ねるが。「ははっ」と科長は笑った。
「よく考えたら、わしは工業化学の専科でした。こんなん見て、分かるはずは無い」
言うなり、科長は宣言した。
「今日の持ち物検査は中止っ」
よっしゃあああああああああ。
クラス全員が、心の中でガッツポーズをとった。
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