第103話 持ち物検査1

「……なんで、科長がいるんだ……?」

 俺の右隣りで、野球部が青い顔をしている。背後からは蒲生がもうの、「マジで? 今日、マジで?」という小声が絶えず聞こえていた。


 俺も、内心「やばいやばいやばい」を連呼しながら、教壇を見る。


 本来であれば、藤原先生の英語の授業が今から始まるはずだ。


 だが。

 教卓の前にいるのは、科長。


 藤原先生は、教室の後ろに控え、クラス全体を見渡している。

 この雰囲気はたぶん。


 持ち物検査だ。


「スマホ……」

 野球部が呻く。「がはぁ」。蒲生が息を吐き出した。俺だって、「ぎゃふん」と言いたい気分だ。


 服装検査は、前もって「○月○日に、服装検査を行うから、それまでに髪型、制服を整えろ」と予告が出る。


 だが、持ち物検査は不意打ちだ。


 学校内に持ち込みが禁止されているものを持参した生徒は、保護者呼び出しの上、厳重注意。


 実は、一週間前。進級したその日に、持ち物検査が終わったばかりだ。


 それで気を許していた。

 次は、中間考査明けぐらいだろう。そう思っていたのに……。


「前回の持ち物検査では、非常に残念なモノが多数出てきた」


 科長が口を開くと同時に、授業開始のチャイムが鳴る。

 ひょろり、とマッチ棒みたいな体形で頭だけが、もっさりと妙に大きな科長は、嘆かわしいとばかりに首を横に振った。


「花札、ウノ、トランプ、サイコロ……。麻雀に至っては、美術のデザインセットに牌を仕込んで持ち込み、卓まで分解して教室に運び込んだ奴らがいる」

 野球部だ。野球部と柔道部の奴らだ。馬鹿だなぁ、と思っていたら案の定、見つかりやがって……。


「賭場か、ここはっ」

 ばしり、と教卓を叩くと、科長は、くわっ、と目を見開く。


「そしてなにより、一番多かったのは、スマホだ!」


 クロコウでは、スマホの持ち込みは一切禁止されている。

 自宅が遠方であろうが、夜道を帰る女子だろうが、一切学校内に持ち込めない。

 数年前、心臓に持病がある女子生徒の保護者が、「緊急用に持たせてくれ」と訴えたが、「発作で倒れた緊急時にスマホを使えるのか」と教員が言い出し、「まだ、防犯ブザーの方が役に立つでしょう」と、その女子生徒に、「体調に異変が起こったら、このブザーを鳴らしなさい」と指導した逸話が残るほどだ。


「デザイン科、電子機械科。溶接科など、半数以上の生徒が持ち込んでおった!」

 はぁ、と科長はわざとらしくため息をつくと、少々濁った眼で俺たちを見渡す。


「なのに、工業化学科からは、賭け事の道具は出てきても、スマホは出てこなかった……。おかしい。これは何かある、と疑ったわしは、機械科から、これを借りてきた」


 科長が後ろ手に持っていた四角い鉄の塊を教卓に置く。ごん、と鈍い音がして鎮座したその機械に、教室がどよめいた。


「携帯探知機だっ」


 科長がおごそかにのたまう。

 俺の背後では、「ああああああ」と蒲生が絶望の声を上げ、右隣では野球部が「確実に親呼び出しか……」と俯いて呟いた。


 やばい。俺も、実は今日、珍しく携帯を持ってきている。


 いつもは、絶対持ってこないんだが、今日は姉ちゃんから命じられ、サクを保育園に迎えに行く関係で、携帯を持たされた。まずい。


「いいか、この携帯探知機は、周囲に一台でも携帯があれば即座にアラームが鳴る」


 蕩々と科長が語る。

 多分、だが。

 ちらりと俺は教室の後ろに立つ2年C組担任の藤原先生を見た。


 前回の持ち物検査で、スマホをわざと見逃してくれたのは、検査に携わった藤原先生だろう。


 賭け事の道具はぞろぞろ出てきたのに、スマホが出てこないわけが無い。鞄等のなかに、あったのだろうが、藤原先生は、「見なかった」ことにしてくれたのだ。


 科長も、そして他科の科長達も、「藤原先生が見逃した」のを疑っているのかも知れない。だから、今回は、伝家の宝刀とも言える携帯探知機を持ち出したのだ。


「このスイッチを入れると、電波を探知し、ぶー、とアラームが鳴る仕様だ」

 科長は携帯探知機を掲げる。


 黒くて、長方形の箱形の物体だ。銀の棒のようなスイッチがついていて、それを上に跳ね上げると電源が入るのだろう。


 作りは至ってシンプルだが、今までこの機械で何人の生徒が血祭りに上げられたことか……。


「いくぞっ」

 科長が、ぱちん、と銀の棒を跳ね上げる。


 教室中の生徒が固唾をのんだ。

 そんな中。

 携帯探知機は。


 ミー―――――――、っと、鳴った。


「……………ん?」

 科長が訝しげに、「ミー――――――」と鳴り続ける黒い箱を見る。


「ぶー、じゃなかったっけ?」


 野球部が俺を見て尋ねるから、「……科長はそう言ってたな」と小声で返す。その間も、携帯探知機は、「ミー――――――」っと鳴り続けていた。


「科長、それ」

 藤原先生が、のしのしと教室後方から教卓に近づきながら首を傾げた。


「音、変ですよ」

「ですよね」

 科長も目をぱちぱちさせながら答える。

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