第102話 新入部員2(化学同好会)
本来水は、零度で凍るのだが、一定の条件で冷やすと、零度以下でも凍らない。
『凍る』という状態は、動き回っている分子がくっついて停止することを言う。核になる不純物や振動があると、それがきっかけになって分子は、結合、停止しやすい。
だから、きっかけを与えないまま、ゆっくり均一に温度を下げていくと、分子がくっつかず、結果的に『凍らない』状態のまま、冷えていく。
したがって、衝撃を与えた途端、凍り始めるのがこの『過冷却水』の面白いところだ。
五○○ミリリットルのペットボトルに精製水を四分の三ほど入れ、キャップをしめてマイナス五度で五時間ほど冷やす。この時、同時に「皿」も冷やしておく。
で。このペットボトルを取り出し、冷やした皿に水を注ぐと、一気に水が凍り始め、シャーベットになって皿に溜まる。
今まで水だったものが、目の前で凍り始めるから、子ども受けもいい。
その実験を見せた後、「そもそも、『凍る』とは、どういうことなのか」を説明していくのだが……。
「まさか、と思うが……」
俺は水筒のお茶を飲みながら、
「運搬を、そいつにやらせたのか……?」
「だって、人手が足りなかったんだよっ」
蒲生は、ばこん、と残りのおにぎりを一気に口に放り込む。
量が多かったのか、飲み下せず、まず上下の歯があっていない。うごうご、と妙な音を立ててなんとか咀嚼し、そしてお茶を一気に飲み干した。
「島津先輩が、『絶対、衝撃を加えるなっ。ゆっくり歩けよっ』って、何っっっ回も指示して、ぼくと島津先輩で十本ずつ。ポンコツには、五本持たせたんだ」
「冷凍庫から出して、実験の会場に今から行くぞ、と。ポンコツを先頭に化学実習室から出たんだけど」
言ってから、蒲生が顔をしかめる。
「いや、出ようとしたんだよ。ポンコツが先頭。次が僕。そしたら、だよ?」
化学実習室の扉は、あらかじめ開けておいたのだそうだ。
お盆の上に過冷却水の入ったペットボトルを横にして並べ、両手で持って運ぶから、扉を開け閉めするのは不便だ、と。
だから、開いたままの横開きの扉から出ていけばいいのだが。
「あいつ、がん、とお盆ごと、つっかえたんだよっ!」
蒲生が悲痛な叫びをあげる。
ようするに。
扉は開けたままにしていたが、その幅が、お盆の横幅より狭かったらしい。
「普通、通れるかどうかぐらい分からないか!? なんで、真正面からぶつかって、つっかえてんだよっ」
蒲生は怒鳴るが、その姿を想像し、茶道部と軽音楽部は爆笑している。
「もちろん、ぶつかった衝撃で過冷却水は全部その場で凍った!」
蒲生は喚き散らし、「あいつは、何ならできるんだっ」、「よその新入生もそうかとおもったら、あいつだけポンコツ」と怒り狂っていた。
とある日。
俺が放課後、化学実習室をのぞくと。
「服部! 僕が『ステイ』と言ったら、動きを止めるんだっ!」
島津先輩が一年らしい男子を指さして怒鳴っていて、蒲生が真っ青な顔でガラス瓶を両手で支えていた。
「この、ポンコツがー―――っ」
蒲生のひっくり返った声に、何か劇薬的なものを実験机から倒しそうになっていたことを察した。
「はいっ! わかりましたっ!」
ポンコツと呼ばれたにも関わらず、服部は満面の笑顔で答える。だが、次の瞬間、急に振り返るから、その体が蒲生の手にあたった。
「「ひぃぃぃぃぃぃっ」」
蒲生と島津先輩が悲鳴を上げるが、服部はにこにこしながら、「はい?」と言っている。
「お前は何もわかっちゃいないっ! まずは『ステイ』! 君は今日、ずっと『ステイ』!」
犬のしつけか、と思うぐらい島津先輩が『ステイ』を連呼し、服部は「はいっ」と答えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます