二年
一学期
第99話 新入部員1(剣道部)
「おれの後輩!」
どん、と石田に背中を叩かれ、その新入部員は盛大にむせた。
「い、
何度か咳ばらいをしたのち、彼女は俺たちに向かってそう言った。
一見、工業高校に来るような生徒には、見えない。
華奢な外見や、一つに束ねた黒髪や、自信なさげにちょっとおどおどした感じとか。
男女共学の普通科にいる、目立たないおとなしそうな子に見えた。
「おれを追いかけてクロコウに来たんだよな? そんでもって、剣道部に入るんだよな?」
石田が嬉しそうにそう言い、自慢するように俺や伊達に向かって胸を張る。
というのも。
俺も、伊達も、ついでにルキアも。
部活の後輩がクロコウに入学したのだが、「剣道部はいいっす」と言って誰も入部しなかったのだ。
唯一。
石田の後輩である
「別にお前を追ってクロコウに来たわけじゃないだろ」
伊達があきれて言い、同意を促すように井伊を見たが。
彼女は真っ赤になって目を伏せるもんだから、「え、まじで」とルキアが目をむく。
「なー? かわいい奴だろー? こいつめー」
石田はぐりぐりと井伊の頭をなでるが、若干井伊の方が背が高いため、ちょっと背伸びした形になっているのは、目をつむってやろう。
「本当に、石田を追ってきたのか?」
俺が尋ねると、背中を丸めて、こっくりと頷く。
「私の憧れの先輩で……」
耳たぶまで真っ赤になって井伊は言う。
「すでに九回も告白したんですが……」
俺と伊達、ルキアは驚愕の顔で石田を見遣る。だが、石田はあっけらかんと笑った。
「おれのことが好きすぎで困るよ、ほんと」
ばりばりと自分の髪をかき回す石田は、正直、女をとっかえひっかえだ。
他校の生徒、自校の生徒、先輩、同級生。見境無しに手を出しては、数週間後には、「別れたー」というチャラ男だ。
その男に九回も告白し、断られ続けて、かつ、追いかけてクロコウまで来るとは……。
なんとなく、俺を含めた男三人は腰が引けつつ井伊を見た。
「よく、クロコウ進学を親が許したな……」
あきれて俺が言うと、井伊はもじゃもじゃに乱された髪で、上目遣いに俺を見る。
「工業高校は、指定校推薦枠があるじゃないですか。大学の。あれに選ばれることを条件に、親には了承を……」
「指定校推薦、って……。かなり厳しいぞ?」
伊達が眉根を寄せる。学年で数人という狭き門だ。だが、彼女はぐい、と顎を上げた。
「頭脳には自信がありますっ」
今日、初めて堂々と言い放つ。そんな彼女の背中を、どん、と石田はまた叩く。
「そーなんだ。こいつ、頭だけは良いんだ。何しろ、今でも数学をおれは教えてもらってる」
……石田。それは威張って言うことじゃない……。下級生に教わってどうするんだ。
「じゃあ、機械科か?」
ルキアが尋ねた。クロコウで一番偏差値が高いのは機械科だ。そして次が電子機械科になる。
「いえ、工業化学科……」
井伊が囁くように言う。なんだ、俺の後輩か。
「私、驚くほど不器用で……。機械科の実習がとてもつとまらない気がして……」
俺は思わず噴き出した。
自分で言うのもなんだが、工業化学科の実習はそれはそれは『器用さ』が求められる。ようこそ。不器用さん。俺と同じ苦しみを味わえ。
「だが、節佳は頭が良いだけじゃ無いんだぞっ! 剣道だって凄いんだっ」
石田が胸を張って言い、その隣で井伊が背中を丸めて小さくなっていた。
俺達は顔を見合わせる。
まぁ。
体格的には恵まれているかも知れない。
背が高いのだ。
上から、ひょい、と面を打つと確かに『当たる』だろう。細すぎるぐらい細いのが問題だが、背の低い女子選手よりは有利かも。
そう思ったのだが。
実際に、剣道で立ち会ってみたら。
彼女の『すごさ』が分かった。
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