第98話 映画7
今まで通り。
そう。
今まで通りで良いじゃない。
化学同好会のことで相談に乗って貰ったり、勉強のことで落ち込んだら愚痴を言ったり、学校の不満をぶつけてみたり。
そんな関係のままで、いいんじゃないの、と思った瞬間気づく。
――― 結局、これって、私が一方的に連絡とったり、喋ってばっかりしている、ってことよね……
よく考えたら、LINEの連絡も電話も、私からしてばかりだ。別ににゃんから連絡が来ることはない。
だとしたら。
私はおそるおそる顔を上げる。両頬を手で包んだまま。
――― もし、私が連絡しなかったら、にゃんとはこうやって会わない、ってことなのかな……
そのことに気づき、体の真ん中に痛みが走る。
妙な不安感みたいなものがゆっくりと体中に広がり、気づけば指先が冷えていた。
私は、にゃんにいろんなことを話している。
部活や、勉強や、家族や、面白かったことや、むかついたこと。不満や嬉しかったことも、真っ先に報告している。
にゃんはいつも最後まで話を聞いて、笑ったり、慰めてくれたり。ときどき、アドバイスをくれるけど、癪にさわるから「うん、そうだね」と絶対に私は言わない。でも、にゃんはそのことで文句を言うこともない。いつも私の相手をしてくれる。
だけど。
私は、にゃんの話を聞いたことが無い。
今日の映画の件だって、石田君から聞くまで知らなかった。
「……ねぇ、にゃん」
がたり、と大きく電車が揺れる。私の語尾も震えた。
――― ひょっとして、いつも、邪魔だった?
そう尋ねようと口を開いた。途端に、車内に次の停車駅のアナウンスが流れる。私はそれを理由のように口を閉じた。
『うん。まぁ。邪魔だったかな』
そんな風に答えられたら、春休みの間中起き上がれないほどのショックを受けそうだ。
「なに?」
にゃんが不思議そうに尋ねるから、「ううん」と首を横に振って顔を逸らす。
「もうすぐ降りる駅だね」
そう言って、俯いた。
――― 迷惑、だったかな……
そりゃそうよね、と自嘲する。電話をかけてきたと思えば、一方的に自分のことばっかり喋って、すっきりしたら「じゃあまたね」と電話を切るんだもん。
かといって、じゃあ電話を待っていたら、にゃんの方から連絡が来るのか。
それはまた別の問題だ。
そう。
それは、にゃんの気持ちであって、私が口を挟むことじゃない。
私は。
にゃんからの連絡が欲しいとは思うけど。
にゃんは、どう思っているんだろう。
「映画さ」
不意に話しかけられ、「え」と顔を起こす。にゃんと目が合った途端、眉根を寄せられた。
「なんちゅう顔してんだ」
言われて反射的に車窓を見る。
そこには。
両頬を手で挟んで。
なんだか泣きそうな顔をしている私がいた。
「なんでもない。大丈夫」
私は手で顔をゴシゴシとこすりながら答える。隣でにゃんが小さく吹き出すのを聞いて、むっと口を尖らせる。
「なによ」
睨み付ける。
なんだか急に怒りが沸いた。だいたい、こいつが私に連絡を寄越さないから私がこんなに悩むんじゃないの。きぃ。腹が立つ。
「映画。俺、月一回ぐらい観るんだ」
にゃんが私を見てそう言った。私は何度か目をまたたかせ、「うん」と頷いた。そうなんだ。結構観てるな。本当に好きなんだ。
「今度また、お前が好きそうな映画見つけたら、連絡する」
にゃんの言葉に、私は、ぱちぱちと何度もまばたきをした。
「連絡? にゃんが?」
思わず尋ねる。にゃんは訝しそうに、「そうだけど、なに」と尋ね返してきた。
「いや……。だって、いっつも」
私は気まずく口唇を噛んでから、上目遣いににゃんを見た。
「いっつも、私ばっかり連絡して、にゃんから連絡来ないじゃない」
「お前から連絡来るから、別に俺が連絡しなくてもいいかな、と思って」
きょとんとした顔で言われて、私は呆然と「あ、そんな感じ?」と呟く。
「……映画の連絡、くれるの?」
続けてそう聞くと、「おう」とにゃんが返事をする。
ふつり、と。
サイダーの泡のように喜びが体の中から浮き上がる。ふつふつと。その泡は、立て続けに体の中を満たし、思わず頬が緩んだ。
「私の好みなんて知ってるの?」
からかうようににゃんに言う。顔を下からのぞき込むと、むっとしたように口唇の両端を下げた。
「知ってる。どんだけお前の話をこの一年聞かされ続けたと思うんだ」
あ。それについてはすいません。
「お前が好きそうな映画をどんぴしゃで選んでやるよ」
にゃんが勝ち誇ったようにそういったとき、電車は大きな揺れを残して停車した。
車内に駅名を告げるアナウンスが流れる。
思わずまた上半身を揺らすと、にゃんが私の腕を掴んで支えてくれた。
「じゃあ、楽しみに待ってる」
にゃんに腕を掴まれたまま、つんと顔を上げる。にゃんが不敵に笑って「おうよ」と応じる。
「下りるぞ」
にゃんは私の腕を掴んだまま、立ち上がる。私は頷き、されるままだ。
「私、邦画はやだなあ」
排気の音をたてて扉が開く。「だと思った」。にゃんが私の腕を引いて電車から降りる。
「あと、怖いのはいいけど、グロいのはいや」
「知ってる」
「字幕が良い、字幕」
「だよなー」
「最近、あの人が好きなの。えっとね。待ってて。タイトル思い出すから。ほら、あれに出てたでしょ」
「情報が少なすぎてわからん」
「だから今、思い出すって言ってるじゃない。えっとねぇ」
私は言いながら、やっぱり私しか喋ってないなと少し反省する。
だけど。
私の腕を掴んで斜め前を歩くにゃんは。
結構楽しそうな顔をして笑っているので。
私は。
もうしばらく、こんな関係が良いな、と心の中で思った。
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