第97話 映画6

◇◇◇◇

 

 ぬくいなぁ、と思っていた。


 ゴトゴトと絶えず聞こえる車輪の音と、細かな振動。微かに聞こえる呼吸音。


 なんかそれらが混ざって、とろんとした眠気の中に浸っていた。


 まどろみ、というか。

 眠りと覚醒の丁度狭間をたゆたっている感じで。


 私は背中を電車の座席にもたせかけ、頭を隣に預けて眠っていた。


 夢なのか、ちょっとぼやけた意識の中で、いろんなことを考えていた。


 帰宅したらお風呂入って、春休みの課題と、塾の予習をしないと、とか。

 今日映画観れなくて残念だったな、とか。

 でも、カラオケ、結構楽しかったな、とか。

 定期的に響く寝息を聞きながら私はそんなことを考えていた。


 カラオケを出た途端、「おれら、もう少し遊ぶから」と、あの四人はあっさり姿を消した。


「織田。お前、今川ちゃんをちゃんと送れよ」

 石田君がきっちりと命じたからというわけではなく。


 単純に、最寄りの駅が一緒だからにゃんと一緒に電車に乗ったのだけど。


――― もう少しみんなと喋りたかったなぁ


 ファミレスとかに寄れば良かったかな。でも、そうしたら門限に遅れそうだし。

 私はそんなことを思う。

 すうすう、と気持ちよさそうな寝息を聞きながら。


――― ……寝息……?


 ようやく私はそこで違和感に気づく。

 私は、うとうとしているとはいえ、自分の感覚はしっかり持っている。


 試しに右手の指を握ってみた。

 ぎこちなくではあるが、力も入るし握れる。

 背中には電車の固い背もたれを感じるし、足裏からは電車の揺れをしっかり感じる。


 そして。

 凭れている頭からは、ぬくもりと。

 呼気を感じる。


「………え……」

 一気に覚醒した。


 ばちり、と音がしたんじゃないかと思うほどの勢いで目を開いた。


 真っ先に目に入ってきたのは、鏡面化した向かいの窓ガラスだ。


 電車は向かい合わせのベンチシートタイプだ。

 ずらーっと通路を挟んでシートが並ぶ感じで。

 私達の座るシートの向かいは無人だった。


 というより。

 車両自体に人影がない。


 私達以外。


 窓ガラスに映るのは。

 互いにもたれ合って眠っていた私とにゃんの姿。


 私がさっきまで眠っていたように。

 にゃんも腕を組んだ姿勢で、私の肩にもたれかかり、眠っている。


 随分と無防備に。


――― ……ど、ど、どうしよう……


 私は目を開けたものの、硬直して動けない。頭はにゃんの肩にもたれたままだ。にゃんだってそうだ。私の頭に寄りかかるようにして、すうすうと寝息を立てている。温かいはずだ。にゃんがすぐそばで眠っているんだから。


 かっと頬が赤くなる。

 心臓が随分早く鼓動を打った。


 目を閉じたにゃんが電車の窓ガラスに映る。


 なんとなく。

 目が離せない。

 まじまじと。

 だけど、どきどきしながらにゃんの寝顔を見た。


『じゃあ、今川ちゃんは織田とどうなりたいの?』

 石田君の言葉を唐突に思い出した。


――― どうなりたい、って……。


 窓ガラスに映る自分の顔が真っ赤だ。どうなりたい、って。


「……あ」

 突如、にゃんが呟いて体を起こした。途端に私は上半身をよろめかせる。咄嗟ににゃんが私の肩を抱いて支えてくれたが、思わず「ひぃ」と声を漏らしてその腕をふりほどいた。


「悪い。寝てた」

 にゃんがまだ寝ぼけた声で、呟くように言う。


「私も寝てた」

 ずりり、とお尻を移動させ、にゃんと距離を置く。そうじゃないと、真っ赤な顔に気づかれそうで恥ずかしい。


「もうそろそろ、駅か?」

 にゃんは車窓に目を向ける。やばい。あそこには私が映っている。私は両手で顔を挟み、俯く。


「どうだろね。そうかも」

 答えると、遠慮の無い仕草でにゃんが欠伸をしたようだ。私はほっと、息を吐いた。


 同時に。

 なんだ、と少し落胆もする。


 にゃんは特に、私のことを意識もしていないらしい。

 そう思ったら。


『じゃあ、今川ちゃんは織田とどうなりたいの?』

 そんなことを悩む必要もないような気がしてきた。

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