第95話 映画4

 ただ、石田君はまた歌い出し、化学同好会の二人は打楽器を打ち鳴らす。小さく肩を丸めてウーロン茶の入ったグラスを両手で持つと、にゃんのむかいに座っていた伊達君がグラスを指さした。


「空だぞ」

 言われてみると、確かににゃんの、フリードリンク用のグラスには、溶けた氷だけが残っていた。


「俺、飲み物入れてくる」


 テーブルの上の自分のグラスを持ち、扉の方に進む。

 伊達君が応じるように軽く手を上げ、化学同好会はタブレットで何か検索をしていて見向きもしない。


 にゃんはちらりとそんな室内を一瞥したものの、扉を開き、出て行った。


――― 私も、次、何飲もうかなぁ


 そんな風に思って、ウーロン茶を飲みこんだ矢先だ。


「そんなことじゃ、いつまで経っても『従姉妹』だよ!? 今川ちゃんっ」


 マイクで怒鳴られ、あやうく噴き出すところだった。飲み込んだウーロン茶に軽くむせ、視線を声の主に向ける。

 石田君がマイクを片手に、びしりと私を指さしていて、思わず上半身がのけぞる。


「フライドポテト山盛り食って、寝てる場合じゃないぞ、君」

 気付けば、島津先輩がタブレットを操作して音量を下げていた。すばしっこく蒲生君は扉に移動し、ガラスの隙間から廊下を伺っていて驚く。


「あれ、織田だから怒らないんであって、僕ならキレるよ。一時間近く寝てたよ、今川ちゃん」


 蒲生君が廊下にちらちら視線を向けたまま私に言い、「いや、それに関しては……」と反論したものの、伊達君の視線を受けて口ごもる。


「織田、あれで競争率高いからな。ぼーっとしてたら、D科の肉食女子に持ってかれるぞ」

 伊達君が言った途端、石田君が笑う。「あれな、体育大会な」。腕を組み、二人でまた何か笑っているが、内心、「へぇ」と意外だ。にゃん、モテるんだ。


「だが今川さん。安心したまえ」

 島津先輩が声を張る。


「我々が作成し、関係各所に配布した写真により、一時的に織田の人気は抑えられている」


「あれなー……」、「化学同好会の盗撮なー……」

 石田君と伊達君が顔をしかめ、今度は苦笑した。


 きょとんとしている私の前に、島津先輩が自分のスマホを取り出し、スクロールし始める。なんだろう、とおもっていたら、目の前にスマホを差し出されて、「なぁぁぁぁっ!?」と妙な声を上げて叫び、立ち上がる。


 あれだ。

 文化祭の時の様子だ。


 体育館に有名人が来た、とかで、にゃんと二人で店番をしていたときだ。

 にゃんの口元に抹茶がついてたから、私が、かがんで拭いてやったのだ。


 その様子を。

 絶妙な角度で撮影したら。

 ………キス写真のように見えている……。


「その写真のお蔭で、C科の皆は『織田はカノジョ持ち』って思ってるから、誰もちょっかい出さなくなったんだよ」


 燃える様な眼差しで化学同好会を睨みつけると、蒲生君がホールドアップの姿勢でそんなことを言う。

 知るかっ! ふざけんなっ!


「だけど、こんなもの、一時的なものだ。体育大会を見ろ。恐れを知らぬ女子どもが、虎視眈々と織田を狙っていることは皆も承知」


 島津先輩が勝手な事を言っているが、ちょっと待て、と私は問いただしたい。この写真を、どこに、どのように、配布したのか。そこんところを詳しく聞かせてもらいたい。


「君、もっとこう、織田にアピールをしないと。見向きもされとらんじゃないか」

 島津先輩の言葉に、「あのねぇ」と言い返したのだが。


「だよなぁ。完全に『身内』扱いだもんな」

 石田君が頷く。マイクを持ったまま腕を組んだから、妙なハウリングを起こし、伊達君は顔をしかめたけれど、すぐに私を見た。


「ただ、脈が無いか、といわれたら違うと思う。織田、基本的に嫌いな奴とは関係作らないからな」


「だから、『身内』的に好きなんだろ? 異性として好きじゃないんだろ」

 蒲生君が伊達君に言い、伊達君は苦笑した。


「織田の好きなタイプはどんなのだ。誰か知らんのか」

 島津先輩が部屋を見回す。


「中東の女性タイプ」

 即答したのは、蒲生君だ。「なんじゃそりゃ」。石田君が目を丸くする。


「……わかる気がする」

 思わず、ぽつりとつぶやいたら、一斉にこっちを向かれて驚いた。


「例えば?」

 島津先輩に促され、私は小首を傾げる。にゃんが「あの人、綺麗」という基準って、小学生の頃から明確に決まっていた。私は頭に浮かぶその『理想の女性』に一番近い有名人を探していく。


「ナタリー・ポートマンとか……?」


 答えると、石田君と伊達君が「だれだれ」と化学同好会に言い、化学同好会が、「『レオン』とか、最近だと、『スター・ウォーズ』の王女」と答え……。


 全員が私を見た。


「………うぅん………」

「あれだもんなぁ。『天空の城』の女の子だもんなぁ」

「あの子、大きくなったら、王女になるんじゃないか?」

「違いますよ。空賊のおばあちゃんの若い頃そっくりになるんですよ」


 ……いきなりディスられる。何故だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る