第94話 映画3

◇◇◇◇

 ぎゅっとにゃんの腕が私の肩辺りにあたって、なんだろう、と思うと目の前にラミネートされたメニューが差し出された。


「なんか喰う?」

 若干大きめの声でにゃんが尋ねる。私は、むぅ、と唇を尖らせて睨みあげた。


「私がいっつもお腹すかせてるみたない言い方やめて」

「腹すかせてるだろ」

 驚いたように目を見開かれる。失礼な。言い返そうと思ったけど、さっき、にゃんの隣でぐう、とお腹を鳴らせたのは確かだ。


「あいつらが、ほとんど、食ったしなぁ」

 にゃんはローテブルに視線を向ける。つられて私もテーブルの上を見た。


 このカラオケに来るまでに、コンビニで買いこんだお菓子やパン、スイーツはすでに姿を消していた。


 男が5人もいたら、こうなるのか、と思うような食べっぷりと消費の早さだった。


 私とそんなに体型変わんないんじゃないの、と思う石田君でも、ばくばく食べて驚いた。『今川ちゃんは女子価格でいい』と伊達くんから言われた時は、戸惑ったけれど、なるほど、と納得する。


 結局。

 ラウンドワンは待ち時間が長すぎて、にゃんが『だったら、帰ろうぜ』と言いだして、カラオケに変更された。


 カラオケかぁ、と思ったものの。

 なんていうか。

 面白い。


 化学同好会の二人は盛り上げ上手だし、石田君も伊達君も、パフォーマンスつきで歌うし、それが上手い。

 今も伊達君が歌って、部屋の少し空いたスペースで石田君が踊っている。


「良く来るの? カラオケとか」


 私はにゃんから渡されたメニューを両手で持ち、ぱたぱたと無意味に扇ぎながら尋ねる。にゃんはすぐ隣だけど、ここでも大声を張らないと聞こえにくそうだ。運動部。声量がはんぱない。


「教室の先生とかと来るかな。同級生とは行かない」

 にゃんがぶっきらぼうに答え、テーブルの上を見てため息ついた。食べ散らかしたような惨状に、口にしがたい何かを感じているらしい。


「教室?」

 なんの。そう尋ねる前に、石田君が「剣道」と言葉を挟む。


「それぞれ所属している剣道教室とか道場の、忘年会だの新年会だのに呼ばれるんだ」


 どうやら曲は終わったらしい。伊達君はマイクをテーブルに置いてソファに座るし、石田君もその隣にどかりと座った。化学同好会の二人が派手にタンバリンだのマラカスだのを鳴らし、私は顔をしかめる。


「先生方の余興だ、余興」

 にゃんはそう言い、コンビニのレジ袋に、空いたスナック菓子の包装や、おにぎりのラップ包を乱雑に入れ始めた。曲が静かになったから、にゃんのぶっきらぼうな低い声でも聞き取りやすい。


「道場の飲み会で、先生たちが『歌え』って言ったら、おれたち歌わなきゃいけないし、『踊れ』って言ったら踊らなきゃいけないし。『注文』って言ったら、オーダー取るし」

 石田君は笑う。


「織田はアレだぞ。演歌上手いぞ」

 演歌、とびっくりしてにゃんを見上げると、伊達君も笑った。


「『大忠臣蔵』な」

「なにそれ」

 聞いたこともない。


「おれ等も、カラオケ以外で聞いたことない」

「あれ、本当は誰が歌ってるんだろう。織田のイメージしかない」

 伊達君と石田君が言いながら、大笑いしている。


「うちの教室の大先生が好きなんだ」

 にゃんは顔をしかめる。


「もう、俺が幼稚園の頃から、ずっと聞かされて……。中学生になったら、歌え、って強要されるし、『梶川殿』ってところで、毎回演技しないとダメなんだ」


 にゃんの言ってる意味がよくわからないが、剣道部の二人にはわかるらしい。さらに爆笑している。大人の飲み会って、大変そうだ……。


「あ! この歌、おれ好きっ」

 再びカラオケの機材が大音量で曲を流し始める。ぴょこりと石田君が立ちあがり、マイクを握った。化学同好会が指笛とタンバリンを鳴らす。ううむ。この同好会がこんなに盛り上げ上手なのはどんな理由があるんだろう。


「今川、口開けろ」

 じっとりと化学同好会に視線を送っていたら、急に、にゃんがそんなことを言う。「あ」。言われるままに口を開けると、何かを放り込まれた。咄嗟に口を閉じると、カスタードクリームの味がする。


「プチシュー?」

 もぐもぐと食べながら首を傾げると、にゃんが「余ってる」と返してくる。


「次」

 そんなことを言われ、慌てて飲み込んで口を開くと、また放り込まれた。「これでお終い」。にゃんは満足そうに笑うと、くしゃくしゃに空き容器をつぶし、レジ袋に詰め込む。


「ごみ処理機じゃない。あまりものばっかり寄越さないで」

 私がぼやくと、「じゃあ、これ喰うか」とまだ未開封のスナック菓子に手を伸ばす。慌てて「そういう意味じゃない」と私が答えた時だ。


「なぁ」

 ハウリングを起こすような大声がマイクを通して聞こえ、私とにゃんは肩を寄せ合って声の主を見る。


「お前ら、本当につきあってねぇの?」

 石田君がマイクを使ってそんなことを尋ねるから、びっくりして首を横に振る。


「「つきあってない」」

 にゃんと声がそろった。


「従姉妹なのかい?」

 組んだ脚に、頬杖をついた島津先輩が私たちを交互に見る。


「「いとこ」」

 やっぱり、にゃんと声がそろう。


「「「「ふーん……」」」」


 なんだか、声を揃えて返事された上に、妙な視線まで送られて居心地が悪い。

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