第93話 映画2
『悪い。姉ちゃんから電話だ』
会話もせず、一心にもぐもぐフライドポテトを食べてたら、向かいの席に座っていたにゃんがそう言い、お尻のポケットから出したスマホを耳に当てる。
『どうぞ』
私がそう言うと、軽く頷いて席を立つ。フードコートの壁際に移動し、私に背を向けて話し始めた。
――― にゃんのお姉さんかぁ
うちと違って、結構年が離れてたよなぁ、もう働いてるよね。
そんなことを思っていたら、欠伸が漏れて。
にゃんをちらりと見ると、まだ電話で話しこんでる。フードコート内は、席を探してうろうろする人たちでいっぱいになり始め、時折、にゃんの姿は人の波間に消えた。
――― まだ、長話するかな……
空っぽになったフライドポテトの容器を眺めたら、また欠伸が口からこぼれでた。
ちょっとだけなら。
私はまた、欠伸をして思う。
戻ってくる間だけ、寝ても……。
いいかも……。
そして。
……そこから、記憶がない。
「映画、映画、映画っ」
口から発した言葉は、もう単語でしかない。上映は何時だっけ。途中から入れるんだっけ。次の上映時間はどうだっけ。
文化祭の時にも使った、大きなボンボンのついたポシェットの肩ストラップを必死で握る。お財布とスマホしか入らない大きさだけど、今日は外を出歩くわけじゃないし、これで十分だ。そう思ってこのポシェットにした。軽くて正解。早くシネコンの入り口に向わなきゃっ。
「ってかさ」
私は焦りまくっているのに、にゃんはテーブルにもたれかかり、胡散臭そうに私を見上げている。
「なんで映画にこだわってるわけ」
さらりとそう言われ、私はぴたりと動きを止めた。
「えー……っと。こだわっている、っていうか、観たかった……」
言いながらも、説得力無いなぁ、と自分でも思う。だったら、寝るか、普通。
「あの映画のどこが魅力だった?」
にゃんがぶっきらぼうに私に言う。私はもじもじと肩ストラップをいじりながら、視線を周囲にさまよわせた。
「アイアンマン、好きなのよね」
適当にそう言うと、「今回、出てない」とばっさり切られた。しまった。予備知識ぐらい入れてくればよかった……。
「石田だろ」
ずばり言われ、「う」と思わず呻く。おそるおそる顔を上げてにゃんを見ると、テーブルに置いていたスマホを耳に当て、私ではないどこかを見ていた。
「動くな。今見つけた。じっとしてろ」
何を言っているのかわからず、きょとんとしていたら、にゃんはスマホを耳にあたてたままいきなり立ち上がり、フードコートのイスの間を縫うように歩いて行く。
なんだろう、と思っているうちに。
「……石田君と、伊達君」
私は思わず呟いた。
にゃんが、腕をつかんで引きずってきたのは、私服姿の石田君と伊達君だ。
二人ともにゃんと同じ高校で、同じ剣道部の同級生。口々に、「いや、そうじゃないって」とか、「怒るなよ、理由を聞け」と言い合っている。
「黙れ」
にゃんは短く命じると、すぐ隣のイスを指さした。「座れ」。まるで犬に命じるように指をさす。石田君も伊達君もきまずそうに顔を見合わせ、仕方なくイスに座った。
「じっとしてろよ」
言うなり、今度は猛烈な速さでにゃんは駆けだす。
呆気にとられる私たちの前で、同じようになにか高速で移動する人影が見えた。
フードコートの出口に向かうその二つの人影は、だけど敢え無くにゃんに捕まり、そして引きずるようにしてこちらに連れてこられている。
「……島津先輩と蒲生君……」
目を瞬かせて、二人を眺めると、テーブルに頬杖をついた石田君が、「化学同好会まで、来ていたとは」とぼやいた。
「説明しろ」
ぶっきらぼうににゃんはそう言った。
本来二人掛けのテーブルなんだけど、にゃんが近くのイスをかき集め、私たちはまぁるくなって座らされる。
「私がね、にゃんのことで相談したのよ。石田君に」
石田君の立場が悪くなるのは困る、と慌てて挙手をした。にゃんがじろりと私を睨む。
「化学同好会にも?」
「まさか。あっちは知らない」
きっぱりと首を横に振ると、島津先輩が大袈裟に肩を竦め、蒲生君がひっそりと息を吐いた。
「お礼したいのに、にゃんがなんにも言わないから……。どうしたらいいんだろう、って。そしたら、映画がいいんじゃないか、って言われて」
「で。なんで、お前たちまでここにいるんだ」
にゃんがじろりと石田君と伊達君を睨む。
「……いや、上手く行くといいな、と」
「様子を覗いて、なんかあったら、今川ちゃんのアシストしてやろうと思ってさ」
石田君と伊達君がぼそぼそと、にゃんに弁解した。にゃんは、ふん、とその言葉を鼻先で笑い飛ばす。腕を組み、ついでに、化学同好会を睥睨した。
「あんたたちはまた、盗撮か」
「人聞きが悪いな、織田」
島津先輩はイスに座り、優雅に足を組んだ。
「記念撮影と言ってくれよ。織田のデートに同行して、写真まで撮ってやろうというのに、ひどい言い草だ。なぁ、蒲生?」
「話をこっちに振らないでくださいよ。ぼく達が、石田の話を盗み聞きしたのがバレるじゃないですか」
島津先輩と蒲生君の言葉を、「最低だな、お前ら」とにゃんは冷めた言葉で切り捨てた。
「それに、デートとかじゃない」
にゃんが言うから、私も頷く。「お礼がしたかったの」と言葉を足した。
それなのに。
「「「「………」」」」
四人からじっとりとした視線を向けられ、なんだかたじろぐ。なによ。こっちが被害者のはずなのに、なんだろう、この無言の圧力。
「帰るか、今川」
にゃんは大きくひとつ息を吐き、イスの脚を鳴らして立ち上がる。
「え? なんで? 映画は?」
慌てて見上げると、首を傾げられた。
「さっきの逃すと、今度は十九時からの上映しかない。お前、門限あるだろ」
言われてまた、血の気が引く。お母さんからは、「二十時には家に帰りなさいよ」と言われていた。何分の映画かわからないけど、一時間で終わるなんてことはないはずだ。
「お礼ならいいよ。別にたいしたことしてないし」
にゃんはそう言い、テーブルの上に乗ったトレイに、アイスティーのカップやフライドポテトの空き容器を乗せ始めた。完全に帰る気満々だ。
「いや、でも……」
なんとか食い下がろうとして言葉を発した途端、じろりとにゃんに睨まれる。
「お前は、お礼とか考えずに、飯食って寝ろ。返って気ぃ遣うわ」
ばっさり言いきられ、返す言葉もない。
そりゃそうだ。私、多分、にゃんを放っておいて、一時間近く寝てる……。
なんだか情けなくなって目が潤みそうだ。にゃんの顔をまともに見られず、目をそらしたら、石田君と目が合った。石田君は二、三度目を瞬かせると、二重の綺麗な瞳をきらめかせる。
「一眠りして元気出たって!」
石田君は人懐っこい笑みを浮かべ、私とにゃんを交互に見る。
「もう、眠くないらしいぞ」
「フライドポテトも山盛り食べたし、腹も膨れたんじゃないか?」
そうフォローを入れてくれたのは、驚いたことに島津先輩だ。その隣では、蒲生君がスマホに指を滑らせている。
「ボウリングする? ラウンドワンなら近いよ、ここから」
「2ゲームぐらいして、それで帰るか?」
伊達君が立ちあがり、にゃんの手からトレイを奪うと、そんな風に声をかけた。
「それから家帰っても、ゆっくり寝れるだろ、彼女」
伊達君が私を一瞥し、にゃんに言う。
「一緒に遊ぼうぜ」
石田君が朗らかにそう言い、「決定」と島津先輩が宣言した。
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