第82話 化学同好会のプレゼン2
「じゃあ、まずは
島津先輩の猫なで声に、改めて視線をスクリーンに向けた。
そこには、車場川の簡単な地図が描かれており、島津先輩がクリックしていくたびに、アニメーションが動いて『歴史』や『植生』なんかが小学生でもわかりやすく説明されていた。島津先輩はそれを読みあげ、補足していく。
妙な猫なで声は耳につくが、流石に上手い。
説明も簡略で、重要ポイントはくまなく押さえている。
「そして、この川には十数年前まで、ホタルで溢れていたんだ」
島津先輩はそう言うと、かちり、とカーソルを押したようだ。
嫌な予感がする。
そう思った傍から、スクリーンの四隅から、うぞうぞと黒い細かな点がいくつも現れた。
……ホタルだ。
あるものは飛び、あるものは這い、あるものは足を蠢かせて、やつらは地図にある車場川に向かう。
多分。
昔のように「ホタルがいっぱいいる川」を表現したいのだろうが。
黒い昆虫に川が浸食されているようにしか見えない。
しかも、動きがリアルで、触覚までぴくぴく動いている。
「ほら、ホタルで川がいっぱいになったよ」
「いやこれ……。いっぱいになった、っていうより支配した、としか見えませんよ」
俺は顔をしかめて島津先輩に告げるが、耳の後ろに手を当て、小首をかしげて見せる。
「ちょっと聞こえないなぁ」
どついてやろうか。
「次に、みんなが春まで大事に育ててくれるホタルを見せるね」
島津先輩がにっこり笑ってそう言うと、「わー。みたいみたい」と棒読みで蒲生が言う。
俺は一体、何に参加させられているんだろう。
心底そう思った時、かちり、と音がしてスライドが変わった。
大写しになったのは、一枚の写真だ。
どうやら、水槽の様子を上から撮っているらしい。
「この中に、ホタルの幼虫がいるよ」
島津先輩に言われ、目を凝らす。
底に土砂を敷いているから見難いが、確かに水槽の中にいくつか芋虫状のものがいる。だがまぁ、幼虫が小さいから、これぐらいなら視覚的に平気かな、と思っていると。
「どこにいるかわからないよー」
蒲生がまた言いだした。
「そっかぁ。ここだよ」
かちり。島津先輩がカーソルを動かす。
途端に。
水槽の中にいくつもの矢印が現れ、幼虫を指摘した。
うお……。3匹だと思っていたのに、8匹もいる。
「まだよくわかんないよー」
蒲生が言い、「そっかそっか」と島津先輩がマウスを動かす。
次の瞬間。
矢印が消え、『写真』から『動画』に切り替わる。
カメラは。
水槽の中の幼虫一匹を捉え、徐々に徐々に。
ズームしていく。
なんというか。
太った人の親指のような幼虫だ。
真っ黒で、節ごとにぷくぷくと膨らみ、妙な斑点のような物が見える。その胴体から生えているのはいくつもの脚。それが、もそもそと動く様を。
アップで。
じっくりと。
見せられるこのおぞましさ。
「これ、見る必要あるんですか!?」
思わず立ち上がって叫ぶと、島津先輩がメガネの表面を鏡面化させ、俺を見る。
「これを彼らは育てるんだよ。これぐらいで怯んでどうする」
「試練なんですか、これ! 『車場川を、ホタルでいっぱいにしよう!』計画のプレゼンじゃないんですか!」
そう訴えるが、島津先輩どころか蒲生にまでスルーされる。
「せんせー! ホタルは何を食べるんですか?」
相変わらずの棒読みで蒲生が言い始めた。
「良いことを質問したね、君!」
びしり、と島津先輩が指をさし、すかさずスライドを変える。
本日三度目の、嫌な予感がした。
おまけに。
動画のままだ。
「ホタルの幼虫はね、肉食なんだよ。おもに、カワニナという貝を食べる。このカワニナが清流にしかいないんだよね」
島津先輩はその後、「だから必然的にホタルも清流にしかいないのだ」ということを子どもでもわかりやすく説明したのだが……。
「か、カワニナ……」
思わず俺は呟く。
カメラは。
必死に逃げるカワニナの映像をとらえていた。
黒い、小さな巻き貝だ。カタツムリのように這って移動する。
その。
逃げるカワニナを取り囲む何匹ものホタルの幼虫。
ホタルの幼虫は、うごうごとカワニナ本体への進入口を探っている。
そして、とうとうそのうちの一匹が。
貝の入り口に頭をつっこみ、カワニナをむさぼり食いはじめる。
もがくカワニナ。喰らいつくホタルの幼虫。
ああ……。
喰われゆくカワニナ……。
「これ、マジで小学生に見せるんですかっ!?」
改めてそう訴えたのに。
「弱肉強食だよ」
「カワニナがいて、ホタルがいる。それが自然界じゃないか。織田」
冷ややかな二つの視線が俺を射貫く。
……やはり。
俺が間違っているらしい。
「みんな。ホタルのことがよく分かったかな?」
島津先輩が俺を見てにっこりと笑う。
「わかったー! ありがとう。せんせー」
蒲生が俺の隣で暢気な声を上げた。
◇◇◇◇
その後。
近所の小学校で化学同好会はプレゼンを行ったようだが。
以降変わらず、ホタルの幼虫を彼らが育てているところを見ると。
小学生達は、『車場川を、ホタルでいっぱいにしよう!』プロジェクトへの参加を拒否したようだ。
だろうな、と俺は思った。
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