第76話 花火4
「今、何時かわかってる?」
暑いのに、重そうなベストを着て、大きな懐中電灯を持っている警察官は、私とにゃんを交互に見比べて首を傾げた。私は思わず肩を竦ませ、うつむく。
「すいません。すぐ帰ります」
やっぱりにゃんが答える。小さなため息を警察官が吐いた。うつむいていても聞こえて、私はさらに背中を小さく丸める。
「女の子を遅い時間まで連れまわすのは感心しないな。特にここ、外灯も少ないんだし」
「すいません」
にゃんがまた落ち着いた声で謝る。
「高校名と名前を言って」
警察官がそう言うのを聞いて、私は驚く。
――― 補導!? これ、補導!?
にゃんは素直に高校名と自分の名前を言う。警察官が頷くのを見て、思わず「あのっ」とひっくり返った声を上げて挙手をした。
「私、県立高校の
思わず警察官にそう言った。警察官は、きょとんとした顔で、「ああ、そう」と気圧されたように頷く。
「違うんです。にゃ……。織田君、関係ないんですっ。私がひとりで花火をしてたら、にゃ……。織田君が、『危ない』って注意してくれたんですけど……。その、今年、塾とか勉強とか同好会の活動ばっかりやってて、全然夏らしいことしてなくて……っ」
警察官は目を丸くして私を黙って見ているから、ここぞとばかりに必死に訴えた。
「かき氷も食べてないし、テレビで高校野球も見なかったし、プールにも行かなかったんです! なんかこれじゃあ、寂しいな、って思った時に、お姉ちゃんから花火貰って……。でも、お姉ちゃん誘ってもついて来てくれないし、庭でしなよ、とか言うし。でも、それも嫌で、公園行こうって思ったんだけど、誘う友達もなくって。だから、公園でひとりでやろうとしたら、にゃ……。織田君が一緒に……。あの」
一息で私はそこまで喋り倒し、私はふと口を止める。ついに、ぜいぜい、と肩で息をついた。
「……私、何が言いたいんでしたっけ……」
思わず警察官に尋ねて、噴き出されてしまった。
真っ赤になって、「えっと」と呟き、下唇を噛む。警察官が懐中電灯を地面に向けたまま、面白そうに私を見ているから余計に言葉が出てこない。
「えっと……」
もう一度繰り返すと、「えっと?」と警察官に繰り返された。なんだか追い詰められた中、思わず口から飛び出したのは、さっきにゃんが言っていたことだった。
「織田君、私に炎色反応を語ってただけなんですっ」
「いや、一緒に花火をしてた、で、いいだろ」
呆れたようににゃんが言い、「……そっか」と私は肩から力が抜ける。
「カレシとカノジョ?」
警察官は腕を組み、それからにゃんと私を交互に見た。
「「いいえ」」
私とにゃんは声を揃えて、きっぱりと返事をする。警察官は、「そうなんだ」と笑った。
「家は近くなのかい?」
笑いを納めた警察官が、私に尋ねた。私は頷き、住所を口にする。
「暗いから一緒に帰ってあげてもいいけど、お巡りさんより、そっちのボディーガード君の方がいいだろう?」
警察官に言われ、私は素直に頷いた。警察官も縦に首を一つ振ると、私からにゃんに視線を移動させる。
「今川さんを家まで送ってやるように。えっと、織田、だっけ……」
「織田です。
にゃんは再度名乗ると同時に、警察官にそんなことを言う。驚いたように目を瞬かせた警察官だったけれど、にゃんはぺこりと頭を下げ、自分が所属している剣道教室の名前を口にした。
「ああ、黒田先生のところの生徒さんか」
警察官は嬉しげに声を上げ、にゃんもにこりと微笑んだ。
「出稽古ではいつもお世話になりました。みなさん、お変わりないですか」
にゃんがそう水を向けると、警察官は「相変わらずだよ」と前置きをし、近況報告を語り始める。にゃんは相槌をうち、時折言葉を挟んでは、驚いたように「へぇ」と声を上げたりした。私には分からない内容だったけれど、今のうちに、とバケツの水を水道場で流し、花火のゴミはレジ袋に集めて口を縛った。カラになったバケツとゴミを持ってにゃんたちのところに戻ると、二人の会話は一区切りついていたらしい。
「帰るぞ」
にゃんにそう言われ、私は素直に頷いた。
「今度から、夜遅くに
警察官に注意され、私は素直に頷いた。「すいませんでした」。そう続けると、警察官はやわらかく微笑んでくれた。
私たちは並んで公園から出る。にゃんは自分の自転車に近寄り、警察官も、荷台に白の箱を乗せた自転車にまたがった。
「じゃあ織田。また道場に来いよ」
そう言って手を振って、警察官は自転車を漕ぎ出す。私たちとは反対の方向だ。にゃんは警察官に対して、きっちりと腰を曲げて礼をした。
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