第75話 花火3
『織田、結構モテるんだぞ』
私にそう教えてくれたのは、石田君だ。
たまたま、登校の電車が一緒だったとき、すごく日に焼けていたから驚いたら、『体育大会だったんだ』と笑った。
その時に。
『織田、結構モテるんだぞ』
石田君が笑いながら言った。
なんでも、体育大会で女子に詰め寄られるシーンがあったらしい。へえ、と目を丸くして聞いていたんだけど。
――― ……確かに、小学生の時の印象と違うなぁ
ぼんやりとそんなことを考えていたら、にゃんが視線をこちらにむけ、訝しげに首を傾げるから急いで視線を逸らした。
「時間差でね」
意味もなくそんなことを言い、まずは左手の花火に火を近づける。
よく見たら、さっきと同じ花火だ。しゅごー、と勢いよく吹き出し、周囲を赤く染める。それから、右手の花火をロウソクに近づけた。
こちらは、さっきの花火と違い、割と広範囲に色の付いた火が飛び散る。
おまけに。その色が鮮やかだ。
左手に持っているやつみたいに、順次色が変わるわけじゃないけど、何とも言えない綺麗な黄緑色の炎だった。
「これ、綺麗! この色いいね、にゃん!」
笑顔のまま、にゃんに顔を向けると。
なんというか。
本当に満足そうに口の両端をゆるく上げたにゃんが、私をみつめていて。
心臓が。
止まるかとおもった。
「花火、いいだろ?」
「……は……?」
ようやく口から空気が抜けたのは、にゃんがそんなことを言いだしたからだ。
止まっていた分を取り戻すかのように心臓がバクバク暴れまわり、私はぜいぜいと息をする。その隣でにゃんは、火の消えた花火を持ったまま、滔々と「花火は人を幸せにする」とか、「炎色反応」について語っていた。ひたすら、熱く語っていた。炎色反応を……。
――― そういえば、花火師になりたかったんだっけ……。
私は、ふんふん、と聞くふりをして呼吸と心臓をなだめ、手持ち花火に黙々と火をつけた。残っているのは、しゅごー、と炎を上げる花火ばっかりだ。
「今年、打ち上げ花火観た?」
にゃんの話が一区切りついたとき、そう尋ねてみる。にゃんは頷き、ちらりとレジ袋に視線を向けた。もう、私が持っている花火で最後だったらしい。
「観た。姉ちゃん家族と」
言いながら、にゃんはロウソクに手を伸ばし、持ち上げて一気に振る。ロウソクの火は消え、私が手に持っている花火が終わると同時に、周囲はまた薄闇に包まれた。
「私の夏の花火の思い出はこれだけだよ。空しいなぁ。ってかもう、9月も終わりだよ? 秋だよ」
バケツに手持ち花火を放り込む。はぁ、と思わずため息を漏らしたとき、公園の入り口で自転車のブレーキ音がした。
「誰かいるのかい?」
聞き覚えのない男性の声と、懐中電灯がこちらに向けられる気配があり、思わず身構える。
「はい。花火してました」
にゃんが大声で応じるから、懐中電灯はにゃんに向けられた。
「高校生かな?」
自転車のスタンドを起こす音がし、それから懐中電灯は地面に向けられる。にゃんに向いてないだけで、なんだかほっとした。
「何人?」
ざくざくと地面を歩く音が近づき、薄闇でもだんだんと、誰が私たちに近づいてきたのかが分かった。
「ふたりです」
にゃんが答えたのは、警察官だった。
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