第74話 花火2
「危ない、とか思わなかったのか?」
かいつまんで説明すると、にゃんが呆れたように私を見下ろす。
「だって、花火、十本ほどしかないからさ。そんなに時間もかからないとおもって」
口を尖らせてそう言うと、無言でため息つかれた。
「でも、ライターもマッチも持ってくるの忘れたから、今から帰る」
にゃんに言い訳するように私は早口で言う。
「ライターあるぞ」
途端に、にゃんがあっさりそんなことを言った。
「にゃんがなんで持ってるのよ」
思わず「煙草?」と聞いて、「馬鹿か」と呆れられた。
「焼きテ用に持ってるんだ、剣道部」
そう言って、肩からたすき掛けにしているバックをごそごそ探っている。
「やきて、って何?」
とりあえず、バケツをもう一度地面におろし、私はにゃんに尋ねる。
「焼きテーピング。剣道で、足の裏の皮が破れたり、踏まれて爪を割ったとき、テーピングを巻くんだ」
「うえ……。痛そう……。傷の保護の為に?」
「違う。床が血で滑るから」
「………」
「そのテーピングが外れないように、粘着面の表面を火であぶって、どろっとさせてから貼るんだ。そしたら、剥がれ難くなる」
「肌に直接?!」
驚いて尋ねると、ライターを探り当てたにゃんが不思議そうに目をしばたかせた。
「そう。俺は焼きテ派だけど……。アロンアルフ〇派もいるぞ」
「アロンアル〇ア!? 瞬間接着剤の!?」
「表面だけ、さっと塗ったら、皮膚がくっついて血が止まる」
「………そう……」
なにが常識でなにが正しいのか分からないまま頷く私の前に、にゃんが手を突き出した。
「ローソク」
言われて、私は慌ててレジ袋を拾い上げ、中を探る。ちょっと暗いから顔をつっこむようにして目を凝らすと、つるりと白いロウソクが月光を照り返した。
「はい」
先端が黒いのは、お姉ちゃんたちが使った後だからだろう。ロウソクの新品ぐらい、入れてて欲しいなぁ、と思いながらにゃんに渡す。にゃんは別に気にも留めず、手慣れた感じで火をつけた。
「にゃん、虫よけいる?」
ロウソクを接地させているにゃんに尋ねると、「おう」と短く返事が来た。チノパンのポケットにねじ込んできた虫よけスプレーを取り出すと、にゃんは立ち上がって受け取る。
「花火していい?」
少し離れてスプレーを自分に吹きかけているにゃんに声をかける。「どうぞ」とにゃんが言うから、私は適当にレジ袋から手持ち花火を取り出し、ロウソクに近づけた。
「つくかなぁ」
湿気てるかも。そう思って呟いたら、鋭くにゃんが言葉を飛ばす。
「点かなくても、顔に近づけんなよ」
「子どもじゃないんだから、知ってるよ」
口を尖らせて言い返した瞬間、しゅぼー、と火勢の音がし、私は自分の手元を見る。
「きれい」
思わず呟いた。口元が緩む。薄暗かった周囲が一気に輝いた。夜を退ける勢いで、花火の赤は周囲を照らす。次第にその赤の火は黄色に変わり、最後には青い火を花咲かせて、終了した。
「……終わっちゃった」
意外に短い。唐突に始まり、一気に終わったからなんだか落胆した。おまけに、花火の勢いでロウソクの火を消してしまったらしい。
「にゃん。ロウソク消えた」
花火をバケツの水に浸けながら言うと、「消した、だろ」と訂正される。細かいやつだ。
「にゃんもしなよ。どうぞ」
しゃがんでロウソクに火をつけているにゃんにレジ袋を突き出す。にゃんは見もせずに、ひとつ、花火を掴んだ。
「私は今度、時間差で、両手持ちにする」
そう宣言する。
「さっき短くてがっかりしたから、今度は思う存分堪能する」
私の言葉に、にゃんは「はいはい」とおざなりな返事をすると、立ち上がってさっさと自分の花火をロウソクに近づけた。ガマの穂みたいな形の花火だ。火がつくと、先端がぱちぱち爆ぜた。少し長めの線香花火のようなやつらしい。
――― ……しまった。あの花火も楽しそうだった……。
そんなせこい考えに囚われ、にゃんを観る。
蛍光色に似た檸檬色の光に頬を照らされたにゃんは、意外に男前だ。
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