第77話 花火5
「今日はごめんね、にゃん」
自転車を押して歩き出したにゃんに、小走りで駆け寄った。手に持ったバケツが、カタカタ鳴っている。
「いや、特になんてことはない」
にゃんは不思議そうに私を見おろし、首を横に振ったからほっとした。
「警察に名前聞かれた時、はらはらしたよ。学校に連絡とかされたらどうしよう、って」
「これぐらいでされるかよ」
呆れたように、にゃんが言い、私は口を尖らせる。
「だって、中学校の時、補導された子たち、いたじゃない。夜中にコンビニにいた、とかで」
「あれは、警察官の指示に従わなかったんだ。名前や学校名を聞かれても無視したり、反抗的な態度を取ったから、連れて行かれて、記録に残されたんだ」
にゃんの説明に、そうだったっけ、と首を傾げる。
中三の夏休みだったと思う。
男の子は不良で有名な子だったけど、女の子は普通の子だった。付き合っている、といううわさは聞いたことがあった。
夜中にうろうろしていて、コンビニで警察官に声をかけられ、男の子が女の子を守ろうとして、とかなんとか言っていたような……。
その時、「警察官から守る、ってなに?」と聞いたんだけど、教えてくれた子も、「……さぁ」と首を傾げていた。
「警察官に対していきがってどうするんだ、って思うけど、カッコつけたかったんだろう。女の前で」
にゃんがばっさりと切り捨てた。
「それに、あれ、深夜だろ? そりゃ、補導される。可哀想に、あれで確か二人とも、第一希望の高校、駄目になった」
「ああ、なんかそんなこと、聞いたなぁ……」
そう呟くと、じろりと睨まれた。
「お前、進学したいんなら、良く考えて行動しろ」
にゃんの注意に私は素直に頷いた。
「今年は勉強ばっかりだったけど、来年、少しは遊べたりするかなぁ」
バケツを揺すりながら私はぼやく。三年生になったら、もう絶対遊べなくなるんだから、せめて二年生は『女子高生』っぽいことをしたい。
「一人花火はもういいよ」
私がぽろりと漏らすと、にゃんが笑った。
「今からでも打ち上げ花火やってるところない?」
私が尋ねると、にゃんは首を少し傾げる。
「東北の方で、真冬に打ち上げ花火をするところあるけど……。相当寒いな」
「冬かぁ。……まだ忙しそう。でも、冬の花火って、なんかロマンチックだよね」
蚊もいないし、と続けるより先に、にゃんが言う。
「じゃあ、いつか、真冬に今川のための花火を打ち上げてやるよ」
「………………は?」
なんか私今、すごいこと言われた?
ばくばくと心臓が乱れ打ち、徐々に顔が赤くなる。見つめた先のにゃんは、だけど、自転車を押しながら、前を向いていて、私の方を見ていない。
「一学期中に危険物試験に受かったんだよな。順調にいけば、高校卒業までに各種資格が取れていくから、市役所に就職したら、どっかに弟子入りして花火を教えてもらって……。それからなんだけどさ」
「…………はい」
どいういう意味で言ってるの、にゃん。顔どころか首まで赤くなって頷くと、にゃんが急に私に顔を向けた。
「だけど、今川、三番目な」
「………………三番目?」
にゃんは大きく頷く。
「サクにひまわりの花火頼まれてるから、一番に作るのは、サクの花火」
「………………サク?」
「俺の姪っ子。で、次に姉ちゃんから結婚記念日にでかい花火、って言われてるから、それ。だから、今川のための花火は三番目になる」
聞いた途端、どっと肩から力が抜けた。
「三番……」
呟いた私に、にゃんが済まなそうに眉根を寄せる。
「ちょっと時間かかるけど、すまん」
そんなことを言って、申し訳なさそうに視線を落とす。
だけど。
私は急に可笑しくなって吹き出し、笑った。何を期待してるんだか、私は。
「じゃあ、それまでに、どんな打ち上げ花火にするか、イメージを考えておくね」
ひとしきり笑い、私はにゃんにそう言った。にゃんは嬉しそうに頷く。
「どんながいいかなぁ。満月の夜に、こう、どーんとね」
バケツを持ったまま、両手を天に突き上げる。にゃんも首を縦に振る。
「だよなぁ。ロケーションも大切だ。見る角度も重要になるし……」
にゃんはぶつぶつ言いながら、それからふと、私に合わせて天を見上げた。
「月が綺麗だな、今川」
朗らかな声でまたそんなことを言っている。私は笑い、にゃんに「そうだね」と答えた。
絶対、意味わかってないよ、こいつ。
「月が、綺麗だね、にゃん」
私も、空を見上げてそう言った。
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