第68話 組体操

「いいか、声を合せろよっ」


 そう言ったのは軽音楽部だ。「うぉぉい」と、俺をふくめた土台の生徒達は声を上げる。いや、若干うめき声にも近い。


 今現在、両膝をついて土台6名は座っている。


 土台6名は前列三人、後列三人。

 後列の三人は、前列の人間の肩を後ろからがっちりつかんでいる。


 そして。

 前列、後列のそれぞれの肩の上には、人間の掌か、あるいは膝が乗っている。


 ようするに、土台6名で、四つん這いの人間2名を担いでいるのだ。


 体重はそれぞれ分散されてはいるのだろうけど、痛いし重い。

 そこかしこで呻くような声と、舌打ちが聞こえるが、明確に文句を言えないのは、俺達の肩の上に乗っている奴も、同じように別の生徒を乗せているからだ。


 ぴー、っと。

 朝礼台から笛が聞こえてくる。


「せっせー、のー、せっ!」

 聞いたこともない合図を軽音楽部がかけたが、俺以外は不審には思わないらしい。学区が違うと「じゃんけん」ですら掛け声が違う。きっとこの訳の分からない掛け声も、ここでは普通なんだろう。


「うぇぇぇいっ」

 俺たちはそれぞれ声を合せ、背筋を伸ばしたままゆっくり立ち上がる。遠くの方では、女子の「よいしょおおおおお」という声が聞こえてきた。あっちはあっちで、『ピラミッド』四段を組んでいるはずだ。


 組体操の土台が、合図に合わせて、そこかしこで立ち上がる。


「バランス、バランス!」

 俺達の付き添いである、吹奏楽部が焦ったようにそう言い、「わかっとるわっ」と、俺と同じく土台の茶道部がキレた。


 この『ピラミッド』は、土台が6名。その上に2名。そして、頂点に1名を乗せている。


 朝礼台に向かって前列左が茶道部、中央が野球部、右が空手部兄。

 続いて後列左が俺、中央が軽音楽部、右が空手部弟となっている。

 その俺たちの肩の上に四つん這いの状態でいるのが、演劇部の二名。

 そして、その演劇部の上に立つ予定なのが、蒲生だ。現在は、演劇部二人の上でうずくまっている。


「よしっ、オッケー」

 皆の状態が安定したのか、ほっとしたように吹奏楽部が言う。確かに、俺の肩に載せている演劇部の二人の揺れがない。そっと様子を伺うと、土台の背筋も震えてはいなかった。


「こっからだぞ!」


 軽音楽部が言うとおり。

 このピラミッドは、だ。


 次の合図で、土台は上に人間を乗せたまま、次のポイントまで、付添人の誘導のもと、『移動』する。


「腰と肩が痛いっ」

 茶道部が呻く。


「移動って、なんだ、移動ってっ!」

 野球部が吐き捨てた。その隣の双子空手部兄が、大ため息を吐く。


「YouTubeだ。全部アレが悪いんだ……」

 もう数日後は体育大会当日だ、っていうのに、いきなり、体育教師が組体操のプログラムを変えたい、と言いだした。


 理由は。

 昨日見たYouTube動画がカッコ良かった。


 あんた、俺らに『携帯なんか見てないで、飯食って寝ろ!』って言ってたろうがっ!


 そんな心の叫びは、体育教師には伝わらず、こともあろうに、『ピラミッドを可動させる』とか狂ったことを言いだした。


『あの動画、超格好良かった』とか、意味不明だ。


 女子のピラミッドは流石に固定させるようだが、俺たちをふくめた数基の男子3段ピラミッドは、会場の端で作成し、そこから中央の5段ピラミッドに『移動』して向かう。


 ぴー、っと。

 次の合図の笛が鳴った。


「ゆっくり移動だ!」

 誘導役の吹奏楽部が前列の前に移動し、歩きはじめる。「せーのっ」。野球部が声を上げ、俺たちはゆっくりと歩きだしたのだが……。


 痛いし重いから、だんだん土台の人間は俯きはじめる。


「そっちじゃないよ!」

 吹奏楽部が声を上げ、「うるせぇ!」とまた茶道部がキレた。


「こっちは、前を向けねぇんだよっ! 指示は具体的に出せっ!」

 それに同調したのは、軽音楽部だ。


「『そっち』、ってどっちだ! 方向を示せっ」

 その間も、双子空手部からは、「痛いっ」「重いっ」と声が上がり、俺も顔をしかめて言う。


「早く、指示を出せっ」

 吹奏楽部が、「えーっと、あーっと」と焦った声を上げ、いらだつ俺達が舌打ちした矢先、悲鳴のような声を上げた。


!!」


 途端に、頂点の蒲生が、「それは、どっちだ!」と悲鳴を上げるのを合図に、俺達の『ピラミッド』は笑い声を上げながら土台から崩れた。


 俺達の『可動式ピラミッド』がグランド中央まで移動するかどうか。

 それは、誘導係の吹奏楽部にかかっている。


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