第66話 大縄競技

「いいか! 大縄の競技時間は5分だ。その間に、何回飛べたかで勝敗がつく!」

 野球部が大声で俺達に説明した。


「途中、ひっかかっても問題ないのか?」

 男子バレー部が尋ね、野球部が頷いた。


「カウントはゼロには戻らない。累計だ。ただ、何度も縄が止まると、当然不利だ」

 俺の隣で茶道部が、「まぁ、そうだよな」と頷いて、大あくびをした。


 何故文化部のこいつが大縄競技にいるのかというと、一重に「人数が足りない」からだ。


 選抜競技は、運動部所属生徒が参加するのだが、「工業化学科」や「電子機械科」など、本来文化部所属が多いクラスは、そんなことを言ってられない。文化部に所属していても、そこそこ運動が出来るなら、参加しろ、と野球部あたりに言われたのだろう。


「去年の一位は、何回飛んだんだ?」

 尋ねたのは、ソフトテニス部だ。野球部は、日に焼けた顔を彼に向ける。


「二八〇回以上」

 げぇ、と参加者二○名全員が顔をしかめた。大縄が5分間の競技であるならば、一秒間に一回は飛ばなくてはならない。これは、失敗できないぞ、と互いに顔を見合わせた。


 大縄競技は、各クラス二○名選抜で行われる。

 練習は主に早朝。グランドはその練習の為に朝五時から解放される。俺は忌々しげにグランドの大時計を見た。時刻は朝六時。始発の電車に乗って登校するとは思わなかったが、グランドのいたるところで大縄の練習をしている野郎どもを見ると、なんなんだ、この高校は、と心底思う。放課後すればいいじゃないか、と思うのだが、「部活動の時間は確保したい」という部が多いらしい。また、普通に朝七時からは、公務員受験のための「ゼロ時間目」があるため、どうしても練習はこの時間帯しかないらしい。


「二○名が二列縦隊になって飛ぶ」

 野球部は俺たちに説明をする。体育委員なのだ。


「俺は昨日、考えた」

 野球部は一同を見回し、重々しくそう切り出す。


「この、二八〇回以上をクリアするためには、どのような対策が必要なのか」

「……いや、無理だろ、二八〇回」

 男子バレー部の言葉は、「聞かなかったこと」にされたらしい。


「とにかく、早く、そして無駄なく縄を回す必要性がある」


「どういうことだ」

 空手部の双子が尋ねる。隣ではそっくりの容姿をした弟が腕組みをして野球部をみやっていた。


「極端な事を言えば、縄は人の体スレスレを通過すればいいと思わないか? 何も余裕を持って大きく回す必要はない。大きく回すから、時間を空費するんだ」


 野球部の言葉に、皆は「……まあ、そうか」と頷き合う。体に当たらない程度の距離を素早く縄が移動する。それが「理想」だろう。


「だが、お前たちも分かっている通り、ずっとジャンプをし続けたら、人間って移動するんだよ。同じ場所を、ぴょんぴょんすることって難しいだろ?」


 野球部が言った途端、皆がその場で跳躍を始めた。

 マサイ族だ。

 その即席マサイ族からは、「本当だっ」、「結構ぶれるな」と声が上がる。野球部は我が意を得たり、とばかりに胸を張った。


「大縄競技は、二列縦隊で飛ぶ。開始当初はこの縦隊の距離は密接し、縄は最短距離を回転するだろうが、競技が進むにつれ、列は乱れ、横に広がっていくと予想される。そうするとどうなるっ。縄を、大きく振るい上げる必要がある!」


「ロスだ!」

 男子バレー部が声を上げた。「そうだ!」。野球部が素早く指をさし、何故か周囲から拍手が上がった。


「このロスを回避するため、二列縦隊の前方に、挙手をする生徒を配置しようと思う。飛びながら、この挙手の生徒を見ておけ。彼が指標だ」


「その、挙手役を目印に、飛びながら中心を合わせる、ということか?」

 茶道部が尋ね、野球部が「そうだ」と再び指をさした。また、拍手が上がる。


「……しかし、大丈夫か?」


 俺は思わず野球部に尋ねる。「なにがだ」。野球部が不思議そうに首を傾げたが。

「とりあえずやろう」、「話はそれからだ」と、練習を早く終わらせたい生徒たちが声を上げた。


◇◇◇◇


 大縄開始3分。意外に皆、縄にひっかからない。


 そしてとうとう。

 俺が恐れていた事態が起こった。


「悶えているな、野球部」

 俺の隣で、息も上げずに跳躍している茶道部がぼそり、と呟いた。前列の生徒が噴出している。


「それでも、手をおろさない。立派だ」


 俺は重々しく言う。

 俺達の目の前で。

 指揮兼挙手役を買って出た野球部は、左手を空に突き上げたまま、身をくねらせていた。


「ま。そりゃな。三分近く手を上げてたら、ああなるわな」


 茶道部が再び呟き、噴き出して笑う声が周囲に広がる。

 当初こそ、俺達に相対して左手をびしりと上げていた野球部だが、次第に疲れ、痛くなってきたらしい。


 それでもこの作戦を言いだした人間としては、「腕が下せない」のだろう。左腕を上げたまま、くねくね悶えていたが、今は俺たちに背を向け、身体をぶるぶるふるわせている。


「剣道部。毎週日曜の朝9時半に放映されている「俺は海賊王になる!」と主人公が言うアニメを見てるか? 悪魔の実を食べてゴム人間になる男の話だ」

 茶道部が華麗に跳躍しながら俺を見た。


「たまに」

 俺が答えると、「アラバスタ編、知ってるか」という。


「あれだろ。王女が出てくるやつだろ」

 俺はちらりと隣の茶道部に視線を走らせる。茶道部は小さく頷いた。


「その最後のシーンだ。船に乗り、立ち去る海賊一味。王女に、俺たちは仲間だ、って印を見せるために、キャラクター皆が王女に背中を向けて、左手を突き上げるんだ」


 茶道部が言った瞬間。

 俺たちは、目の前の男を見た。


 俺たちに背を向け、震えながら左腕を突き出す男を。


「アラバスタ」

 茶道部が呟く。


 同時に。

 背後で、双子空手部が大声でオープニングを歌い始めた。


 盛大に噴き出したのは、男子バレー部だ。途端に、どこかで縄が足に絡まったらしい。「いてっ」、「誰だよっ」、「ってか、茶道部、やめろ!」、「男子バレー部、笑いすぎだっ」


 俺達の記録更新には、あの「仲間」の力にかかっている。

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