二学期(体育大会:準備)

第65話 クラス旗

「体育大会で使用する、クラス旗を作る」

 ロングホームルームで、担任の直江先生がそう言った。


 背後の黒板には、すでに「クラス旗」という文字に並び、「担当生徒」とチョークで書かれている。周囲の様子を伺うと、誰もがうんざりした顔で黙っていた。


「立候補」

 直江先生は短く言葉を発し、クラスを睥睨する。当然というか。手を上げる奴は誰もいない。


「質問です」

 俺の背後から声が上がった。首を捩じると、後ろの席の蒲生だ。「なんだ」。直江先生が問うと、蒲生は立ち上がる。がたがた、とイスの脚が床をかいた。


「その旗のデザインって決まってるんですか? C科(工業化学科)全学年統一の旗なんですか?」

 蒲生、良い事言った。俺は内心で賞賛を送る。デザインが決まっているなら、話しは早い。それを拡大コピーかなにかして、旗地に写し、色をつければいいのだから。


「いや、クラス独自のものだ。しかし、獲得した点数は、C科のものになる」


「旗のデザインも点数に入るんですか?」

 驚いたような声が教室のどこかから上がった。直江先生は声のする方に、鷹揚に頷いて見せる。


「体育大会は、クラス対抗ではない。各科対抗になる。したがって、クラス得点は、『クラス旗』も含めて、C科のものだ。これは重要だぞ」


 そんなことを言いだすものだから、ますますこれは誰も立候補しないであろう雰囲気が醸し出される。


「じゃあ、デザイン科が有利じゃないですか」

 すねたような口調で蒲生が言い、直江先生は、うむ、とばかりに頷いた。


「だがな、蒲生。芸術的に優れているものが、一般受けするとは限らない。この『クラス旗』勝負。勝機はそこにある」


 熱を入れて直江先生は断言した。蒲生は何だかよくわからない、と言いたげに小さく息を吐き、イスに座り直す。


「はい、直江先生」

 俺の隣で野球部が手を上げた。「うむ」。直江先生が発言を促す。


「クラス旗の作成ですけど、運動部以外の生徒で選んで欲しいです」

 がたり、と立ち上がり、野球部が発言する。俺は絶賛拍手中だ。もう、剣道の試合で一本取った時のような、「ぱぱぱぱぱぱん」という拍手を心の中で野球部に送っていた。


「そんなのずるい!」

 反対意見はいたるところから上がったが、野球部は立ったままクラスを睥睨した。


「お前らな。トラック競技、選抜競技を全部、『運動部』に押し付けてきただろ。おまけに、『運動部』は、当日いろいろ役割分担があるんだよ」


「そうなのか?」

 背後から蒲生が尋ねてくるから、頷いて俺は振り返る。若干大きめの声で俺は野球部を援護射撃した。


「陸上部は審判、剣道部は列誘導、野球部は道具係。全部の運動部に役割が振られている」


 俺も、剣道部のミーティングで話を聞いた時、驚いた。毎年恒例なのだそうだ。まぁ、文化祭のステージ部門は、ほぼ文化部がしきった、と聞いていたから、体育祭もその流れで、『運動部が仕切る』ということになるのかもしれない。


「……じゃあ、運動部は外して考えようぜ」

 茶道部が提案した。「異議なし」。俺をふくめた数人の運動部が声を上げ、結論づいた。野球部が満足そうにイスに座る。


「でも、デザインからだろ? 自信ないなぁ」

 蒲生がぼやく。クラスの大半がそれに追随し、好き勝手に小声で話し始めた。


「案ずるな。デザインは考えてある」

 その小声の波を圧して直江先生が発言した。教壇に伏せて置いていたA三用紙を両手に掴み、「これだ」と皆に見せる。


「…………ジョジ〇、ですか………」

 茶道部が呟く。その後に、「『ジョジ〇の奇妙な冒険』……?」、「ジョジ〇だな……」。そんな生徒たちの困惑した声が続いた。


 直江先生が示した絵と言うのは、『ジョジ〇の奇妙な冒険』のコミックス表紙をコピーしたものらしい。あの独特の姿勢で立つ男に吹き出しがつけられ、「C科がんばれ」と、直江先生の文字で書きこまれていた。


「クラス旗、ってこう……。龍とか、走ってる馬とか、そんなんだと思ってました」

 蒲生が困惑して言い、おずおずとクラスの半数以上が頷く。


「じゃあ、そんなん書けるのか、お前ら」

 直江先生の言葉に、誰も反論ができない。


「でも、その画だって、無理ですよ。拡大コピーかなんかして、模写するんですか?」

 軽音楽部が顔をしかめる。直江先生は、首を横に振った。


「そんなややこしいことはせん。まずだな、クラス旗の布を黒板にぶら下げる。そこに、パワポでこの画像を投影する。で、絵をなぞる」


「完全にコピーですよね、それっ!」

 思わず蒲生が言葉を発したが、先生はキョトンと蒲生を見返した。


「模写と何が違うんだ。こっちの方が、うまく出来るじゃないか。色まで同じように塗れるぞ」


 直江先生の言葉に、俺たちは戸惑って互いの顔を見合わせた。

 いいんだろうか、こんなことで……。


「他のやり方があるなら、今ここで提案しろ」

 直江先生の言葉に、もとより反論できるものはいなかった。

 その後、粛々と旗作り班員が決められ、ロングホームルームは終了した。


◇◇◇◇


 放課後。

 忘れ物をして教室に戻った俺は、廊下まで響く直江先生の声に足を止めた。


「お前らはっ! パワポで、投影して、やっても、上手く、出来んのかっ!」


 切れ切れに怒声を張る直江先生の声に、俺は驚いて足を止めたものの、おっかなびっくり、教室後方の横開き戸を開けた。


 教室の中には、旗作り班員が数名おり、皆、教室前方の黒板を眺めている。

 黒板には旗が吊られており、教室中央には電源を落としたスライドがあった。


 旗には。

 ジョジ〇だ。

 ジ〇ジョがいた。


 旗布には、非常に、ジョ〇ョが描かれていた。


「……下書きはうまくいったんですよねぇ」、「テンションあがったもんなぁ」、「俺達、デザイン科行けるんじゃね、って思ったよな」


 作成班が呟く通り、下書きは非常に綺麗に描かれている。

 だが。


「何故、着色で、ミスを、するっ!」

 直江先生がやっぱり、切れ切れに怒鳴る。


 確かに。

 ジョジョの顔が、肌色とかではなく、「真っ白」で。

 俺はなんとなく、野生爆弾のクッキーがモノマネをしている姿を思い出した。

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