第58話 店番3

「文化部にでも入るのか?」

 尋ねられ、頷く。

 顔を上げると、にゃんは、またがぶりとグリーンティーを飲んだ。


「化学同好会を『作って』みようかな」

 言うと同時に、激しくにゃんがむせ返る。


「お、お前……。何言って……」

 げほげほと咳き込み、発泡スチロールの椀を揺するけど、幸か不幸か全部飲みきったところだったらしい。白衣に緑の飛沫が飛ぶことはなかった。


「同好会の発足手続きとか、また月曜日に学校に行って調べてみて……。やってみようと思う」

 私は真剣だ。


「運動部だったら平日毎日部活だし、土日も試合とか入っちゃうけど、文化部で、しかも同好会とかだったら、週数回で良いと思うのよ、活動日。結構部員、集まるかもね」


「化学同好会、って何する気だ」

 いまだ咳き込みながらも、にゃんが尋ねる。


「最初は宝石石鹸作るから、教えに来てよ」

 私はにゃんに言い、眉根を寄せた。


「でも、島津先輩と蒲生君は連れてこないでね。学内に入れたら、碌な事しそうにない」

 にゃんは椀をテーブルに置いて頷いた。


「茶道部と軽音楽部を連れて行く。もともと、宝石石鹸作ったの、このメンバーだしな」

 咳も停まったらしい。私の方に顔を向け、にゃんが言う。


 そのにゃんの口元に、抹茶の跡が残っていた。

 私は思わず笑い、ポケットからハンカチを引っ張り出す。


「にゃんもついてる、口のところに抹茶」

 さっきのお返しだ、とばかりに私は椅子から少し腰を浮かせて顔を近づける。にゃんの口元をハンカチでぬぐってやると、意外ににゃんも大人しいもので、こちらを向いてじっとしている。


 多分。

 なぁんとも、思ってないんだろうな。


 そう思って笑いだしたくなる。

 カノジョだろ、と冷やかされることも、私をこの文化祭に誘ったことも。こうやって、私が顔を近づけて口元を触れていることも。


「じゃあ、実際に同好会が立ち上がったら連絡するよ」

 私は立ち上がり、座ったままのにゃんを見下ろした。


「にゃんの家のポストに私の連絡先、入れておくね」

「おう」

 にゃんはぶっきらぼうに、そう答えた。


 なんとなく。

 久しぶりに気分が高揚する。


 新しく部活を立ち上げる事とか、そこにいろんな人が関わる事とか。


 不安や、「本当にそんなことをして勉強は大丈夫なの?」という心配はあるものの。


 それを上回る、わくわく感が心を満たした。


 ふと。

 思い出す。


 濃い青色の液体が、グレーに変わり、そしてピンクに染まったあの、マロウティーのことを。


 甘酸っぱいレモンに触れて、色を変えたハーブティ。


 あの名前は、『夜明けのハーブ』。

 そんな風に。

 なんだか、私の生活も変わっていく気がした。

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