第57話 店番2
「花火師、って……。あの、夏祭りとかに、どーん、って夜空に打つひと?」
びっくりして尋ねると、にゃんが眉根を寄せた。
「ほかに、どんな花火師があるんだ」
そんなことを言われるから戸惑ったけれど、にゃんは特に気にしなかった。
「工業化学科に来たのも、火薬とか危険物の資格が取れるし、就職先もいろいろあるし、と思ったんだけど」
にゃんは小さくため息をつき、あっという間に綿菓子を平らげた。
「実際、花火師で生計を立てるとなると結構、きつい。給料が低いから、食っていけそうにない。だから、公務員で働きながら、休日を使って花火師やイベント会社でボランティアしながら、勉強できないかなと思ってさ」
にゃんは視線を下げ、足元にゴミ箱を見つけると、そこに割りばしを放り捨てた。
「科長に相談したら、知り合いの花火師を紹介してくれる、っていうから甘えようかな、と。だから、休みをしっかり欲しいし、金がかかりそうだから、給料が安定している公務員を狙ってる」
そう言ってから顔をしかめた。
「ただ、公務員っていっても、どの部署に行くかわからねぇし、花火の時期が河川氾濫の時期と重なりそうだし……。こればっかはやってみなきゃわかんねぇな」
「ちゃんと、考えてるんだ……」
思わず口からこぼれでたのは、そんな言葉だった。
「私なんて、なんにも考えてないよ」
とにかく勉強する。良い大学に入る。
それしか、今まで頭になかった。学部だってそうだ。あんまり深く考えず、ただ両親が勧めるまま、流されるまま、ここまで来たような気がする。
「普通科のやつって、そんなもんじゃないか?」
にゃんは不思議そうに私を見た。
「将来なんて、意識しなかっただけだろ、他のことが忙しくて。お前、なんでも一生懸命だったじゃないか。勉強も、ドッチボールも」
ドッチボールのことをいう時、意味ありげに笑うから、にゃんの肩をぐーで殴ってやる。
「そうかもしれないけど……」
だけど、私はため息を吐く。
「なんかねぇ、にゃん。私、いろいろ考えたよ」
横目で私を眺めるにゃんに私は笑いかけた。
「私、クロコウの文化祭に来て、よかった」
「拉致監禁されたのに?」
にゃんが呆れたように言い、がぶりとまたグリーンティーを飲む。「人のいいやつだな」。そんな風に呟いた。
「まぁ、ちょっと怖かったけど、それも刺激かな」
私は笑い、ペットボトルを傾けて喉を潤す。
「私、やっぱり部活するね」
「当然だ。バスケ部に戻れ」
にゃんは真面目な顔でそう言い、ざっと私に視線を走らせて顔を歪めた。
「細すぎだ、お前は。もっと食え。そして筋肉をつけろ。そんなんだから、島津先輩に小脇に抱えて走られるんだ」
私は吹き出し、ペットボトルの蓋を締める。
「流石に運動部は無理かな。まだ、勉強を諦めてるわけじゃないから、今の勉強時間数は確保したいもん」
机の上においたペットボトルを眺める。上空の太陽を受け、きらりと輝く液体は、いろんな角度にその余波を広げていた。
「ただ、じっとしているだけじゃ、選択肢は「ひとつ」なんだな、って思ったの」
目の前に広がる風景。未来。それは、自分が選んだモノだと思っていた。
だけど。本当にそうなんだろうか。
実は、親に誘導され、身近な誰かに「これだけがベストの選択だ」とささやかれただけなんじゃないだろうか。
今のクラスで上位を目指す。当初志望していた大学に合格する。
それは今も変わらない。
でも。
そこから『先』を考えていくためには、自分から動き出さないと何も見つからないんだ、と思った。今のままでは、道は「ひとつ」しかない。
もし、そのたった「ひとつ」の道で、失敗したら……。
私は、常にその恐怖に怯えていたのかも知れない。
一生定期テストを受けて行くわけじゃない。一生学校に通う訳でもない。
いつかは。
テストの成績以外で勝負をしなければならない日がやってくる。
その時、自分の心には何があるのか。自分のこの手には、何を持っているのか。
それを、問われる日が来るのだ、となんとなく気づいた。
そして。
それに気づくためには、私自身が『動く』ことも大切なのだ、と。
いろんな価値観や考え方に出会い、他人を知ることが必要なのかもしれない。
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