第52話 部活棟6
――― この人、鬼だぁぁぁっ
目の前にガラス瓶を押しつけられ、背中がぞわぞわする。
栄養ドリンクぐらいの大きさのガラス瓶に、うようよと蠢く黒い幼虫。
太長い胴体は、ところどころ紐でしばったようにぷくぷくしていて、「うぇぇぇ」と呻きたくなる動きでたくさんの足を水の中でばたつかせていた。
「ほぉら。蓋、開けちゃうよー」
「弱みなんて知らないってっ!! 小学校から一緒だけど知らないっ」
ガラス瓶を揺すって私に近づける島津先輩に悲鳴のような声を上げたときだ。
金属を回転させるような硬質の音が響いた。
ふと、島津先輩も蒲生君も顔を音の方に向ける。
金属音がしばらく続いた後、立て続けに板を叩くような音がする。
その後、どすどす、と足音らしい物が響き、また、金属を回転させるような硬質な音が聞こえてきた。
がちゃがちゃ、どんどんどんどん、どすどす。
その音は繰り返され、そして近づいてくる。
「やっばいなぁ」
蒲生君が片頬を引きつらせて呟いた。
がちゃがちゃ、どんどんどんどん、どすどす。
音は、さっきよりも近い。
「織田か……」
島津先輩も苦笑いで音がする扉の方に向かって肩を竦めた。
どうやら。
部活棟の扉を。
順番に、片っ端から叩いて反応を確かめようとしている人が居る。
「逃げますか?」
「いや、ここで逃げたところでメリットはない。どうせ、我々化学同好会の仕業と、織田も知っている」
「どうします?」
蒲生君が首を傾げて島津先輩を見上げる。島津先輩は蛍の幼虫が入った瓶を白衣のポケットにしまい、「ふぅむ」と唸った。
その時だ。
がちゃん、と音をたてて勢いよく扉のドアノブが回転し、数秒後には、ばかん、と音を立てて建て付けの悪そうな扉が内側に向かって開いた。
「しーまーづーせーんーぱーい――――――っ」
地響きがしそうな低音で唸るのは、にゃんだ。
どこかですでに白衣は脱ぎ捨てたのか、白いカッターシャツを腕まくりし、額どころか首まで汗を滴らせて戸口に立っている。
「やぁ」
島津先輩はおどけたように笑い、にゃんに手を振った。
「やぁ、じゃないっ!」
尤もなことをにゃんは怒鳴り、左手で握った私のサンダルを島津先輩に突き立て、「なにやってんだ、あんたっ」と言った。
「
今度はサンダルを蒲生君に突き立てる。蒲生君はホールドアップをし、顔をしかめる。
「カッターシャツを肘まで腕まくりするのは校則違反だぞ、織田」
「拉致監禁は犯罪だ、馬鹿野郎っ!」
正論を吐いたにゃんは、そこでひとつ息を吐き、ぐるりと視線を私に向ける。
「大丈夫か、今川」
右肩を上げてシャツの部分で汗をぬぐうと、にゃんは私の側まで歩いてきた。
「ちょっと前まで、ピンチだった」
正直に私が言うと、ぎろりとにゃんは島津先輩と蒲生君をにらみ付ける。
「ちょ……。待って待って。お茶とお菓子で接待したでしょ?」
蒲生君がホールドアップしたまま両手を横に振るから、変なダンスを踊っているように見える。
「こんな怪しげな肥料で育った菓子は食うな」
にゃんが顔をしかめて私を見下ろし、私は首を横に振る。
「お菓子は食べてないけど、お茶は飲んだ」
「はぁ!? 腹下さないか!? 何飲んだんだ」
「マロウティー」
にゃんはざっとテーブルに視線を走らせたが、口をへの字に曲げた。
「まぁ。マロウティーはもともと便秘に効くし……。いいか」
何がいいんだろう、と私は眉根を寄せる。
便秘に効く? 島津先輩、そんなこと言ってなかったよ。『夜明けのハーブ』とか、カッコいいこと言ってたけど。
「ほら」
にゃんは腰を屈めると、座っている私の足下にサンダルを置いてちらりと見上げる。
「帰るぞ」
「うん」
私が頷き、サンダルに足を通したときだ。
「いや、待て織田。話は終わっていない」
島津先輩が言葉を投げつけてきた。
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