第51話 部活棟5

 呆然と島津先輩を見ていたのだけど、促すように首を傾げられて慌てて我に返る。


「知ってたとしても、絶対言わない」

 私が島津先輩と蒲生君を睨みつけると、二人は顔を見合わせて苦笑する。


「困ったな」

「女の子相手に、乱暴もできませんしねぇ」


「うち、他になにか買収する物ある? 鳴門金時以外で」

「鳴門金時しか、ないですね……」


「あ。ホタルあるな! 環境改善事業で使ってるやつ」

「まだ幼虫ですよ? 女の子がいるかなぁ」


「ホタルいる? 幼虫だけど」

 島津先輩がにこにこ笑って私に言う。


「いりません」

 きっぱりと断った。

 虫、大っ嫌い。「ふぅむ」。島津先輩は腕組みをしてため息を吐く。


「早く喋ってくれないと、織田が来るしな。おれ達も、ステージ発表があるし……」

 島津先輩は組んでいた腕をほどき、ぱちりと指を鳴らした。


「よし。脅迫しよう」

 ほがらかに私にそう言った。


「…………は?」

 思わず尋ね返すが、島津先輩は笑顔を崩さない。


「君、その様子だと虫が嫌いだろう? 背中にホタルの幼虫流し込まれるのと、織田の弱みを吐くのと、どっちがいい?」


「最っ低!!!」


 私が怒鳴りつけると、意外だ、とばかりに島津先輩は目を見開いた。


「最も低い、と言われたよ、蒲生がもう

「僕もそう思いますよ」


「おやおや。これは困ったな」

 はっはっは、と島津先輩は笑いながらも、白衣のポケットから透明の小瓶を取り出した。


「ひぃぃぃぃぃ!!!!」


 見ただけで悲鳴が漏れる。


 なにあの、黒くてぶくぶくとして、足がいっぱいある芋虫!! 

 小瓶の中にいっぱいいるっ!!!


「ゲンジボタルの幼虫だよー」

 島津先輩が私の顔に近づけるから、「ぎゃああ」と悲鳴を上げて、体をよじり、椅子の背にしがみつく。


「いっぱいいるよー。水の中で蠢いてるよー。ほら、節ごとに、もぞもぞ動くんだよ。足、見てごらぁん。たくさんあるねぇ。もうすぐしたら、幼虫なのに、お尻が光るよー」


「ひぃぃぃぃ」

 目をつぶって見ないようにしているのに、島津先輩がわざわざ説明しはじめて、怖気が走る。


 私は左手で椅子の背にしがみつき、右手をばたばたと振って島津先輩が近づけようとする小瓶を払うのだけど、正直、瓶に触るのもいやっ!


「あーあー。島津先輩、さいてー」

 蒲生君が呟くけれど、島津先輩はにっこり笑って私に言う。


「さぁ、織田の弱みを言え」

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