第49話 部活棟3

「ここ、どこなの?」

 私はカップをソーサーに戻し、蒲生がもう君に尋ねた。サンダルを片方落としたから、ほぼ島津先輩に小脇に抱えられるようにしてこの建物まで来たのだけど。


 方角的には、運動場の北側だ。カーテンが半分だけ敷かれた窓からは、校舎外の風景が見える。


「クラブハウス。付属大時代の名残なんだ。昔は部活棟として利用されてたみたいだけど、今は使用してない」

 蒲生君は肩を竦めると、壁際に歩み寄り、お盆を元の机の上に戻した。


「今は、収納に困る部が学校に申請を出して物置として利用している。うちもその部のひとつだ」

 蒲生君の後を継いだ島津先輩が私にそう言う。私は首を傾げて島津先輩を見上げた。


「で。私をここに誘拐した理由はなんですか?」

「織田のことでね」

 にこりと笑う島津先輩に、私は目を瞬かせた。

 にゃんの、こと……?


「彼には是非、化学同好会に入ってほしいんだが、絶対に入らないと強情なんだ」

 島津先輩は白衣姿で腕を組む。眼鏡がきらりと輝き、どこか狂科学者のようでちょっと怖い。


「去年からこのあたり、学区編成がおこなわれて、織田は今まで受験対象外だった地区から入学してるんだよね」

 蒲生君が再び私の側に近寄り、ついでに机の上のスイートポテトをつまんだ。


「織田の中学時代とか、過去のことを知ってるやつって、ほぼゼロでさ」

「中学時代とか、過去のことがどうして必要なの?」

 眉根を寄せて尋ねると、島津先輩があっさり答える。


強請ゆすろうと思って。弱みを掴んで」


 なんと酷い先輩か。私は唖然と言葉も出ない。


「恥ずかしい過去とか、恥ずかしい経歴とか、恥ずかしいエピソードをかき集め、それをばらされたくなければ、入部しろ、と」


 島津先輩が語る内容に愕然とする。

 にゃん。とんでもない人に目をつけられたもんだ。


「そこに、君が来たわけだ」

 島津先輩がにやりと笑う。やっぱり、マッドサイエンティストに見えた。


「織田が、文化祭の許可証を申請している、と蒲生から聞いてね。これはチャンスだ、と蒲生と策を練ったんだよ。生徒会執行部にさりげなく、『受付を手伝うよ』って申し出て……。名簿を調べて君を待ち構えていたのさ」


 ああ、可哀想なにゃん。蒲生君クラスメイトに裏切られて……。


「織田の本当の従姉妹かどうかなんて、どうでもいい。とにかく、織田の過去を知っているのであれば、ぜひ教えて頂きたい、と思ってここにお連れした」


「誘拐した、の間違いでしょ?」

 私は呆れて島津先輩を見上げる。


「普通に、私に尋ねればよかったのに」

「意外に別行動しないから、君たち」

 島津先輩が「なぁ」と蒲生君に声をかける。蒲生君は頷いて腕を組んだ。


「本当の従姉妹なら、もっと別々に行動すると思ったんだよ。離れて歩いたりさ。だから、受付で顔だけ覚えて、近づこうと思ったんだけど……」

 蒲生君は小首を傾げて私の顔を覗きこむ。


「ひょっとして、本当に彼女?」

「違います」

 きっぱりと首を横に振る。


「本来は、織田と別行動をしている君に声をかけ、こっそり織田の恥ずかしいエピソードを聞こうと思ったのだけど、離れないものだから、……。強引にここにお連れした、というわけだ」

 今、拉致、って言いかけたよね、島津先輩。


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