第47話 部活棟1

       ◇◇◇◇


「機嫌、直してくれないかなあ」

 おそるおそると言う風に蒲生がもう君が私を覗き込む。 

 だけど、私は精一杯目力強く彼を睨みつけた。蒲生君は「だよねぇ」と呟いて背を伸ばす。そして背後を振り返り、窓際のパイプ椅子に座った島津先輩を見やった。


「めちゃくちゃ怒ってますよ」

「あららぁ」

 島津先輩が足を組んだままの姿勢で笑うから、私は怒鳴る。


「笑い事じゃないでしょ! 誘拐ですよ、誘拐! 拉致監禁だっ」


 パイプ椅子に座ったまま、私はどん、と足を踏みしめようとしたけれど、片方サンダルが脱げているから、妙な体勢で、かくんと揺れた。


「お茶会に招待したんだよ。よかったら、どうぞ」

 島津先輩は掌を上にして私に伸ばす。


 指し示されたのは、私の前に置かれた机だ。

 教室から持ってきたのかもしれない。生徒用の学習机で、私の背丈では何だか微妙に高い。


 その机の上には。

 何故か、さつま芋製品が並んでいた。


 普通に蒸かしたさつま芋。しかも妙に大きい。それから、照りがきれいについたスイートポテト。茶巾蒸し、大学芋に、マフィンや切り分けたパウンドケーキも並んでいる。


化学同好会うちの菜園で採れた鳴門金時をつかったお菓子なんだ。美味しいよ」

 蒲生君が胸を張ってそう言う。


 確かにおいしそう。

 そうは思うけど。食べる気はしない。


「毒なんて入ってないよ」

 警戒した顔をしているのだろう。蒲生君は言うなり、パウンドケーキを一切れつまみあげて自分で食べて見せる。「うまい」。悦に入っている彼に、島津先輩が大きく頷く。


「当然だ。特別な化学肥料で栽培しているからな。甘さ、大きさ、収穫量。すべてにおいて、うちの鳴門金時は素晴らしい」


「さぁ、どうぞどうぞ」

 もごもごと咀嚼し終わった蒲生君が私にスイートポテトの皿を押しやるけど……。


 目の端に入る、あの蒸かしたさつま芋。


 あれが、どうにも気になる。

 食べたい、とかではなくて。


 異常に大きい。なにあれ。おばけ?

 おばけ鳴門金時だ。一体、どんな肥料をやれば、ああなるの。これ、食べて大丈夫なの?


「じゃあ、お茶を飲む?」

 するり、と島津先輩が立ち上がる。壁にそって置かれた生徒用の机に近づき、盆を持って私に歩み寄ってきた。


「これもね、化学同好会で栽培しているハーブ」

 謎肥料で栽培されている、ということに少々恐怖が湧き上がるが、島津先輩はお盆を蒲生君に持たせ、私の前にティーカップとティーポットを置いた。


 カップもソーサーもポットも。

 ガラス製の透明なものだ。


 島津先輩はお盆から缶を取り上げ、ティースプーンで乾燥させた花片のようなものをティーポットに入れる。濃い、群青のような花片だ。匂いはしない。


「これはね、ウスベニアオイの花を乾燥させたものだ。マロウティーって知ってるかい?」


 ティーポットの底に散るドライフラワーを眺めていたら、島津先輩が私に尋ねた。私は首を横に振る。

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