第45話 化学実習室1

         ◇◇◇◇


「この2階に化学実習室があるんだ」

 土足でいいのかどうか迷っていたら、にゃんがそう言った。


 顔を向けると、目の前にのびる階段を指さしている。針金の入ったガラスの外扉を押し開けると、すぐに階段が見えた。靴入れはないようだ。きょろきょろと私は周囲を見回す。


 これといって特徴のない校舎だ。うちの高校と大差ない。リノリウム張りで、若干階段の幅が狭いかな、と思う程度。


「ここは工業化学科の実習棟で、ボイラー室なんかもここにある」

 にゃんは土足のままずんずん階段に向うから、私もおっかなびっくりサンダルのまま校舎に上がった。


 にゃんは、きゅっきゅっと靴底を鳴らして歩き、その半歩後ろを私が、厚底サンダルでついて行く。


 きゅっきゅっ、こつこつ、と響く足音以外、物音がしない。


――― 校舎内立ち入り禁止、って言ってたもんな……


 なんとなく、無人の校舎って気持ち悪い。

 怖気に似た感情に、急かされるように、にゃんに近づいた。階段を上り始めたにゃんの背後にぴったりくっつき、三段ほど登った時だ。


 どんっ、と大きな音が鳴って「ひゃあ」と私は声を上げた。思わず、にゃんの白衣の裾をつまんで引っ張る。「うわっ」。にゃんが仰け反って焦った声を上げたけど、足を踏み外すことはなかった。


「あぶねぇなっ」

「ごめんっ。急に大きな音が……」


「ポン菓子機だよ、ポン菓子機っ」

「ぽ、ポン菓子機……? 作ってるの?」


「音的には中庭だろ」

 にゃんは余程焦ったのか、額の汗をぬぐい、私をじろりと睨みつける。

「溶接技術部がまた、ポン菓子ばらまいてんだ。あの音、迷惑だよな」


 ぶつぶつ言いながら、にゃんは再び顔を前に向け。

 そして。

 足を止める。


「……どうしたの?」

 私は目の前に立ち止まるにゃんを避け、顔を前方に向けた。


 階段は、くの字に曲がっている。

 昇りきった先に二階フロアがあるのではなくて、一度踊り場を挟み、そしてまた上った先に、二階があるようだ。


 その、踊り場に。

 上階から、白煙が流れ込んでいるところだった。


「……火事……?」

 思わず呟く。反射的ににゃんが顔を上げる。なんだろうと視線を追うと、警報装置を見ているようだ。鳴ってない。


「今川……」

 にゃんが振り返り、私に何か言おうとした時だ。


 ばおぉん、と。

 今度はお腹に響くような破裂音が鳴った。「しゃがめっ」。にゃんがそう言ったのが聞こえたけれど、私は驚きすぎてその時すでに、階段にうずくまっていた。その私の肩を、にゃんがしっかりつかんでくれている。


 ばあぉん、どん、どん、と。


 いくつも破裂音が上階から聞こえ、音が聞こえるたびに、私は「ひえ」と声を漏らした。

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