第42話 石田1

          ◇◇◇◇


「いらっしゃーい。織田にゃーん」

 濃灰色作業着を身につけた石田君がにやりと笑って言った瞬間、にゃんが無言で拳を降り出した。


「あっぶねっ」

 間一髪で躱した石田君は眉根を寄せてにゃんを睨み上げる。


「いきなり殴るなよっ。それでも剣士かっ」

「じゃあ、殴る」

 にゃんは断言すると拳を再び握るから、「ごめんごめん」と石田君がホールドアップをした。その後ろでは、石田君と同じ作業服を着た男子生徒達が興味津々に近づいてくる。


「誰だれ、その女の子」、「石田の知り合い?」、「ねぇねぇ。どこの高校?」


 石田君の後ろから次々に尋ねられて、私は呆気にとられる。さっきのにゃんのクラスとは全然違う。

 態度も。そして、体格もだ。肩幅は広くてがっちりしているし、顔も日に焼けて精悍なかんじだ。


「名前は?」、「何年生?」。


 ぐいぐい来るのを、石田君が背中で押しとどめているんだけど、石田君の背が小さいから、みんな上から首を突き出すようにしてきて、怖い。


「だめだめ。この子は、織田のカノジョ」

 石田君が言った瞬間、激しいブーイングが巻き起こり、にゃんを睨んだりなじったりしたものの、「こいつは従姉妹」とは言わなかった。

 ちょっとほっとする。これで「従姉妹」と言われたら、石田君だけではあの勢いが止められない。濃灰色の作業着の集団は、言うだけ言うと、あっさりとまた商品のぶら下がったテントに戻っていった。


「……にゃんのクラスと全然違うね」

 私はにゃんに言う。にゃんは顔をしかめた。


「溶接科は野球部が多いからな。うちは、ほぼ文化部だ。雰囲気が違う」

「うち、学年通してあんなんばっかだから」

 石田君がちらりと背後のテントを一瞥して苦笑いした。


「女子ばっかりのデザイン科から一番遠い棟にされてる。『危ない』って。文化祭でも、こんなところに放り出される始末だ」


「デザイン科の保護者からもクレームが来るらしい。『溶接科が危ない』って。近づけるな、って」

 にゃんと石田君は互いにうなずき合っていて、私は小さく吹き出した。

 だけど、すぐに思い直す。


「え。でも、莉子りこちゃん先輩、溶接科でしょ!? 大丈夫なの!?」


「「…………絶対的に安全だな…………」」


 石田君とにゃんが声を揃えてそんなことを言う。なんだろう。毛利先輩が守ってくれるとかかな。そんな風に考えたのに、石田君とにゃんは、「返り討ちにあうぞ」。「殺されるな」とぶつぶつ言っている。


「ところで、うちに何しに来たんだ?」

 石田君が不思議そうに私とにゃんを交互に見る。


「毛利先輩が石田の物販を見てやってくれ、って言うから」

 にゃんが言い、私も頷く。


「何売ってるんだ?」

「あれ」

 石田君が指さしたのは、テントの張りから、いくつもぶら下がる鉄の棒だ。何本かの間に、平たい鉄板がぶら下がっている。よく見たら、鉄板には透かしみたいな模様が入っていた。


「……鉄棒……?」

 にゃんが目を凝らして呟く。途端に石田君が舌打ちした。


「お前の目は節穴か。何が、鉄棒だよ。なぁ、今川さん」

「……ごめん。私も、鉄棒がぶら下がってるようにしか……」

 申し訳なく思いながらも言うと、ため息をつかれた。


「やっぱり、二人はお似合いだよ。価値観一緒だよ。つきあえよ」


「つきあわないし、価値観も違う。ただ、見た物が同じなだけだ。あれはなんだ」

 にゃんが断言する。


「ドアベル」

「「ドアベル!?」」


 自信満々に石田君が言い、私とにゃんが素っ頓狂な声で復唱した。

 そして改めてテントからぶら下がるたくさんの鉄棒を見る。


「待ってろ。ひとつ持ってきてやる」

 言うなり、石田君はテントに駆けていき、背伸びをして自称ドアベルを一つ外して駆け戻ってきた。


 ………なるほど。


 石田君が持って走ると、鉄棒同士がぶつかりあって、カランカラン、カランカラン鳴っている。ときどき、きーん、と変な音がするのは、鉄板が鉄棒にぶつかるかららしい。


「どうだ。ドアベルだ」

 そう言って、石田君が掲げる物を私は見た。


 鉄棒は、鉄の鎖で上部の円環につながっている。その円環からまた鉄の鎖が取り付けてあって、石田君はそこを握っていた。

 正直、その円環と鉄棒をつなぐ鎖だけでも、じゃらじゃら言う。チャイム的ではある。


「……総重量はいくらだ」

 にゃんが尋ねる。「ん?」。石田君が不思議そうに首を傾げ、「さぁ」と答えた。


「M(機械)科といい、W(溶接)科といい……。なんで、重い物ばっかり作るんだ」

 にゃんは残念な子を見る目で石田君を見た。


「売れてないだろ、これ。いくつ作ったんだ」

「クラスの人数分だから、四〇個」


「ああ~……」

 私は思わず呟いてしまう。売れない……。絶対、売れない……。だって、重いし、音もそんなに良くない。じゃらじゃら、からんからん、キーン、って……。


「いいんだ。最終的にそれぞれの親が買う」

 石田君が自信満々に言った。にゃんが悔しそうに、「くそっ。スポンサーがいたのか」と呟いた。


「これ、すごいだろ。ここ、校章を入れたんだ」

 石田君が、ドアチャイムの鉄板部分を指さした。


「レーザー加工機使ったんだぜ」

「だったら、別の物を切れよ」


「いいじゃん。校章。満場一致で校章だったぞ」

「そんなもん、玄関に飾ったら、『ほら、あのうちの子……』。『まぁ、クロコウ?』ってなるぞ」


「いいじゃないか。『あら、将来安心ね』ってなるわ」

 石田君の言葉を、にゃんが鼻で嗤う。

 

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