第39話 毛利・武田2
被っていたフルフェイスのヘルメットのようなものを脱ぎ、左脇に抱えて小走りに近寄ってくる。
可愛い。
第一印象はそれだ。
目が大きくて黒目がちのせいなのか、作業着にエプロンという味気ない格好でも随分と可憐に見える。顔も小さいから、子猫のような雰囲気があった。
「今から実演だ、って毛利先輩からお聞きしたんで」
にゃんが丁寧語、ということは先輩だ。多分、
「こんにちは」
目が合ったのでお辞儀をすると、「こんにちは」とはきはきした声で応じてくれた。目線を上げると、莉子ちゃん先輩は笑顔でにゃんを見上げている。
「なによ、織田君。あんた、カノジョがいたの」
「従姉妹っす。他校の他人を文化祭に入れられないのはご存知でしょ」
にゃんがうんざりしたように言い、莉子ちゃん先輩は訳知り顔で、頷く。
「そうそう。だから皆、従姉妹って言って連れてくるのよね」
「あのねぇ」
にゃんが何か反論しようとしたけれど、莉子ちゃん先輩は首をねじって毛利先輩を見る。
「あんたも、新しいカノジョ?」
新しいカノジョ。思わず呟いたのは私だけじゃ無かった。ぶら下がり女子も同じだったらしい。ちょっと険のある視線を毛利先輩に向ける。
「従姉妹」
毛利先輩は笑顔のまま言った。「カノジョでしょ」。ぶら下がり女子が、口を尖らせる。さっき自分で「従姉妹」って言ってたじゃん。
「とっかえひっかえ……。まぁ、なんでこんなに女が切れないのかしら」
莉子ちゃん先輩はヘルメットを抱えたまま腕を組み、呆れたように毛利先輩を一瞥する。
「何が魅力なのかわかんないわ」
「とっかえひっかえって、どういうことよっ」
ぶら下がり女子が、ぎゃんぎゃん毛利先輩に文句を言うのを、私もにゃんも目を丸くして見つめる。すごい暴言だ。ちょっとここでは言うのをはばかるぐらい。お姉ちゃんも口が悪い、ってお母さんに叱られるけど、その比じゃ無い。だけど毛利先輩は至って落ち着いた様子で、ずっと「うんうん」と聞いていた。
「信じらんないっ」
最終的に、ぶら下がり女子は毛利先輩をにらみ付けてそう言うと、足音も荒く校門の方に歩いて行った。
「良いの? 放っておいて」
莉子ちゃん先輩がぶら下がり女子の背中を顎でしゃくるけれど、毛利先輩は、やれやれとばかりに息を吐くだけだ。
「どこで知り合ったんっすか」
にゃんが口をへの字に曲げて尋ねる。
「駅で男に絡まれてたから助けたんだよなぁ。そしたら、妙に懐かれて」
毛利先輩は、さっぱりしたと言わんばかりに両腕を突き上げてのびをする。
「年上女子だったじゃない」
莉子ちゃん先輩が「もったいない」と続ける。毛利先輩はしばらく天を見上げていたけれど、真面目な顔で私達に告げた。
「ほら、俺って、追われる恋より、追いかける恋をしたい派じゃないか」
「「「………」」」
私達三人は無言で毛利先輩をみつめ、その間に蕩々と毛利先輩はいかに自分が、「狩人のような恋に焦がれているか」を語り始めた。
「武田―」
塩辛声が四角いスペースから声がかかり、莉子ちゃん先輩が「はい」と返事をする。ようやくそこで、毛利先輩が口を止めた。
「始めろー」
「はい、科長」
莉子ちゃん先輩は最早毛利先輩など無視し、駆け戻る。にゃんはため息をつくと、私を見下ろした。
「行こうぜ。近くで見よう」
そう言って歩き出すから、私も続く。その私の隣を、毛利先輩がついてきた。
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