第37話 工業化学科物品販売2
「織田、無理無理無理無理」
「お前から説明してやれ」
「女子だ女子だ女子だ女子だ女子だ」
十人ほどがおしくらまんじゅうのように一塊になり、口々ににゃんに向かって言い始めた。
「やかましい。喋れ、売れ、利益を上げろ」
にゃんが凄む。凄むにゃんに私は「ひぃ」と思ったが、クラスメイトの男子たちは、私をチラ見して「ひぃ」と言っている。
「野球部は、上級生に連れて行かれたし、茶道部は『野点』にずっと行ってるし、軽音楽部はステージだし、剣道部はデートだし、蒲生は化学同好会だしっ」
「誰がデートだ、こら。従姉妹だ、こいつは。従姉妹」
にゃんが私を指さして言う。なんでも、文化祭は成人であれば誰でも入れるけれど、未成年は、在校生の身内に限るのだそうで。
私はなんだかさっきからずっと、『従姉妹』を連発されている。
「従姉妹でその可愛さは反則だ」。「ってか、従姉妹じゃ無いだろ、剣道部」。「うちの従姉妹はそんなんじゃない」。
十人ひとかたまりからは、そんな尖った言葉がにゃんに投げつけられている。
「私、どっか行こうか?」
いたたまれなくなって私はにゃんを見上げる。私が怖いのなら、私がここを立ち去れば問題ないのだ。ただ、何故怖がらせているのか理解はできないけど。
「お前等、世界の半分は女だぞ? たった一人、目の前にいるだけでそのうろたえぶりはなんだ」
にゃんは私を一瞥したものの特に何も言わず、代わりに同級生を睨め上げた。
「この学校においては、女子なんて少数派でしかないっ」。「世界の半分は女かも知れないが、女子となるとさらにその半分以下。いや、半分どころかもっと少ないっ」。「見慣れない者を近づけるな、剣道部っ」。
――― うん。やっぱり、私、酷い言われようだね……。
遠い目になっていると、にゃんが舌打ちをする。
「うちのクラスにだって女子がいるだろっ」
「うちのクラスの女子は、女子じゃ無いっ」。「おばはんだ、あれは。おばはん」。「恥じらいの無いヤツは女では無いっ」。
怒鳴り返す十人ひとかたまりの言葉を聞いて、私は「うん?」とにゃんを見上げる。
「なんだ、女子がいるんじゃない。クラスに」
てっきり、男子クラスみたいになってるから、私が珍獣扱いされているのかと思ったら違うらしい。
「そうだ。あいつらはどうしたんだ? 俺と店番交代したはずだろ。女子はどこいった?」
にゃんは首を巡らせる。
「「「日に焼けるのが嫌だから、店番しない、って」」」
「
にゃんが歯ぎしりしている。
「お前等、絶対、女の客逃しただろっ!! こんなクソ石けん、女にしか売れないんだからなっ」
怒鳴るにゃんに、十人ひとかたまりは言い返す。
「代わりに、おばはんたちに売りつけてやったわっ」。「女子には弱いが、おばはんには強いぞ、俺達はっ」。「なんなら、おばあちゃんには、もっと強いぞ、僕たちはっ」
ふわっはっはっは、と十人ひとかたまりが笑う。
「売上票と在庫帳を見せろ」
にゃんに、生徒の一人が自慢げにノートを手渡した。にゃんはぺらぺらめくり、素早く視線を走らせると、にやりと笑う。
「まぁ、いいだろう」
悪い顔でそう言っている。どうやら随分売れているらしい。
「売り上げの競争でもしてるの?」
尋ねたのだけど、真剣にノートを見ているようで聞こえていないらしい。なんとなく視線を十人ひとかたまりに向けたら、「ひい」と言われた。
「各クラスで物販をね……」。「その純利益を……」。「各科対抗……」。「一位を目指して……」。
切れ切れに。そして、ばらばらに言われたが、なるほどと頷く。さっき、伊達君に「本命はそっちか」と言っていたのは、やっぱり売上金のことだったんだ。
「私も買おうかな」
宝石石鹸の木箱をのぞき込んだら、「はぁ?」と呆れた声が聞こえてきた。顔を上げると、にゃんが売り上げノートをクラスメイトに突き返して顔をしかめていた。
「いるんなら、俺が作ってやるよ。買うな、買うな。何色のやつがいいんだ」
折角売り上げに協力して上げようと思ったのに。むっと口をとがらせ、何か言おうとした矢先、十人ひとかたまりが怒鳴った。
「許さんからなっ、織田っ! 神聖なる化学実習室で、女子と石鹸を作るなどっ!」
「『熱いから俺がやってやるよ』、『え……。いいよ、そんな。あ……』、『ほら、だからじっとしてろってて……』、『あ、剣道部……』、ってことをするんだろっ、お前らっ」
「いちゃいちゃしおってからに! 石鹸作らず、何をする気だ、貴様らっ」
「なんて、いかがわしいっ。従姉妹と……っ。従姉妹と……っ。ってか、従姉妹じゃねぇだろぉぉぉ、その子っ!」
その勢いに飲まれた私だったけれど、にゃんは、「はんっ」と馬鹿にしたように嗤って背を向ける。
「阿呆どもは、放っておけ。次、どこ行きたい?」
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