第36話 工業化学科物品販売1

     ◇◇◇◇


「へぇ! これすごい!」

 私は、小さな木箱に並ぶ石鹸を手に取った。


 持ち上げ、陽に透かす。小籠には、『宝石石鹸』と書かれているが、本当に宝石のようにきらきらしている。


 手に取ったのはエメラルドのような深い翠の石鹸で、カットの仕方も宝石のようだ。底の部分になるほど透明なのだけど、澄んだ深緑色がすごく素敵だ。


「お前な。それはMPソープで簡単に作れるんだ。こっちだ、こっち」


 にゃんがつまらなそうに言うので、きらきらした宝石石鹸を手にしたまま、にゃんが指さす籠を見る。


「……うん。環境に良いよね」


 私は『廃油石鹸』と書かれたそれを見て、棒読みに近い感じで答える。


 その籠には、チーズのような質感の四角い石鹸が綺麗に切り取られ、ラッピング用の紙紐で四個ずつ縛られていた。

 色は濃いオリーブ色、白、赤、紫の四色で、紫色の四角い石鹸には、ラベンダーが押し込まれている。


 まぁ。

 おしゃれ感は出していた。籠に持った感じも、インスタ映えしそうな感じではある。


 だけど。


「こっちだよ」

 私は手に持った『宝石石鹸』に目を戻す。


 ランチョンマットの上に、木箱が乗っている。その木箱には、細かく刻んだクラフト紙が詰められていて、いろんな透明度の高い宝石石鹸が飾られていた。石鹸にはとても見えない。ルビーのような赤に、ペリドットのような黄緑色、アメジストのような紫など、見ていて飽きることがない。


「だから、そっちは簡単なんだって。電子レンジちん、だ。電子レンジちん。廃油石鹸作るのに、どんだけ手間がかかったか……。なぁ?」


 にゃんは売り場の男子生徒に同意を求める声を上げるけれど、にゃんと同じように白衣を着た学生たちは、うつむき、もごもごと何か云うばかりで、ちっとも声が聞き取れない。


『にゃんのクラスに行きたい』

 そう言うと、連れてきてくれたのは、機械科実習棟から少し、正門の方に戻ったあたりだ。


 てっきり、模擬店のある中庭の方に行くのかと思ったが、違うらしい。ちょうど、ムキムキあひるのいる正門と中庭の中間あたりだ。テントもなく、結構陽がさんさんと照らすあたりに長机を四本出して物品を販売しているようだった。


「難しいの? 廃油石鹸作るの」

 私がにゃんに尋ねると、にゃんは机越しにクラスメイトを見る。


 気付くと。

 誰が机の前に出るかで、小声でもめている。十人ばかりの白衣を着た男子生徒が、押し合いへし合い何か言い合いをしていた。


「説明してやれよ、こいつに」

 にゃんがじろりと睨む。その様子に、私は慌ててにゃんの白衣の袖をつまんだ。


「怖がってるよ。睨むから」


 言った途端、「袖引っ張ってるっ、袖引っ張ってるっ」、「織田のこと見てるっ」、「剣道部と対等にしゃべってるっ」といろんなことを言われ、驚いた。


 私か。私に怯えているのか。

 そのことに愕然とする。


「女がこわくてどうすんだ、お前らっ」

 にゃんが怒鳴るというより、怒鳴った内容にびっくりした。

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